令和3年1月から相談者多し。

1月6日(木)曇り雪 先勝  雪が降り気温は上がらず寒い日でした。

今年は、初めから相談者の来訪が続き忙しかったです。

色々な悩みはあるものですね。的確なアドバイスが出来たと思いま

すが・・・・・。

今日でまだ6日ですが10人ほどの方が来訪相談に来られました。

2回も来た方があります。

どうぞご遠慮なくお出で下さい。(^_^)v待っています。

今日は雪が降って寒い1日でした。

週に3日は来てくれる友人。

12月31日(金)友引 有難い友人に感謝です。

今年も今日で終わりです。週に3日は様子を見ながら来てくれる

友人がいます。有難いですね!(^^)!

今日も秋田の山菜をハンペンと一緒に煮たものを持参してくれま

した。ホウレン草が欲しいと言うので御裾分けしました。

煮物はチンしてツマミに食べたのですが絶品です。美味かったで

す。夜お礼の電話をしました。また来年も宜しくと(^^)/

色々な事が今年はありましたね。

多くの皆さんからのご相談有難うございました。来年も宜しくお願い

致します。

お世話になった方にはご挨拶を。

12月28日(火)晴れ大安 五黄土星中宮日 最後になってしまいました。

お世話になった方々には不義理は出来ませんので、今日山形の

友人から送られてきた啓翁桜の枝と干し芋・香典を持って行きま

た。が、留守でしたのでスマホでお話をして帰って来ました。

午後3時半ごろお世話になった方が御夫婦でお見えになりました。

いろんな話をして17時頃お帰りになりました。財産家ですが悩みは

尽きないものですね。

19時ごろ知人の未亡人が勤務先からの帰りに来訪されました。

今日で仕事仕舞で明日は鬼怒川温泉に会社の慰安会に行くそうで

す。色々なお話をして21時頃お帰りになりました。

干し芋・桜・自家製の千枚漬けを持たせてあげました。また来年が

良い年でありますようにと言ってお帰りになりました。

友人知人、お世話になった方は大事にしたいものですね。人間の

繋がりは大切にしたいものです。!(^^)!

今年も大勢の方の相談がありました。

12月27日(月)晴れ仏滅  北風が吹き気温の上がらない寒い1日でした。

今年もいよいよ終わりですね。コロナ禍に振り回されて大変な1年

でした。また新しいオミクロン株が発生し問題です。来年はこの新し

いオミクロン株で世間を騒々しくするのでしょうか?

2021年も多くの方からの相談がありました。後半は来訪者が増え

ましたが、皆さんどうなりましたでしょうか?良くなった結果を連絡く

れた方も大勢ありました。また今年も数日ありますが、皆様にとって

2022年が良い年となることを祈っています。

マミーの友人からの

12月26日(日)晴れ 先負 マミーの友人からメールがありました。

マミーの友人かラインクリスマスカードとメールが届きました。

仲の良かった友人の近況も添えてありました。マミーがホームに入

っている事を知っています。マミーの夫である私に対してのメール

は本当に嬉しいです。心遣いに感謝です。

マミーの近況をお知らせしました。水戸の来られるときは是非マミー

に会って頂きたいと思っています。感謝の気持ちを忘れずに日々の

生活をしようと思います。

 

再来訪。

12月22日(水)晴れ大安 冬至  知人が一人で再訪しました。

16日に3人で来訪された方の一人が昨日再訪されました。東京か

らです。

ご家庭の問題と自分の問題でした。子供は3人います。

来年1月7日より単身赴任で兵庫県に行くので、家族との問題や自

の問題などの悩みでした。16日の来訪の時に何となく顔が晴れ

晴れしていないので心配でした。いろいろアドバイスをさせて頂きま

した。幾らか安心したようです。来年も又頑張るように言ってあげま

した。何度も頭を下げてお世話になりました。と言ってお帰りになり

ました。ほぼ御家庭や自分の問題についての悩みは解決できたで

しょう。

今週は相談来訪が3件有りました。

12月18日(土)晴れ先勝 六白金星中宮日 風の冷たい日でした。

今日も相談来訪がありました。顔を見ながらお話しする事がやはり

良いですね。相手の顔を見ながらが一番ですね。

明日も来訪者がありますが急急の相談があるわけではないようで

す。今年も残り少なくなってきました。問題は翌年に持ち越さないよ

うにしましょう。

今日・明日と来訪予約。

12月15日(水)晴れ仏滅 九紫火星中宮日 相談来訪者が有りました。

県内の方で奥様の相談来訪です。いろいろお話をし伺い私のアド

イスをさせて頂きました。賢い奥様でした。お話の途中からかな

り落ち着いて話をしたり聞いたりしてくれました。帰りには話を聞い

て頂いてアドバイスまでして頂き有難うございました。何となく自信

をとりとめました、と言って笑顔でお帰りになりました。!(^^)!

良かったです。結果を又報告に来ますと言って帰られました。

明日は、兵庫県の某会社の社長さんが部下を連れて来るそうで

す。久し振りにお会いしますので楽しみです。

今日も又相談電話が

12月13日(月)晴れ風強し 友引  今日も相談電話2件。

今日は寒かったですね。そんな中、電話相談が2件ありました。

どなたも思い切って電話相談をして来たようです。悩みのない人は

無いんですね。お話を聞いて私なりのアドバイスをさせて頂きまし

た。お二人とも電話して良かったと言って、又何かありましたら連絡

しますと言って終わりました。

一人でいろいろ悩んでいるよりご一報下さい。心が楽になりますよ。

 

あなたは自分の持って生まれた宿命を知っていますか?

12月8日(水)雨先負 七赤金星中宮日 自分を知ることが大切です。

あなたは、自分の持って生まれた宿命をご存じですか?

宿命は変えられませんが運命は変えられますよ。これから先の

運命を替えて行きませんか?あなたの幸せの為に・・・・・・・・・

いろいろ悩んででいる事が宿命のせいだと思いませんか?

相談に見える方の殆どが自分の宿命を知らずに悩んでいる方が

大勢います。宿命に逆らってもいいことはありません。自分の持っ

て生まれた宿命を知れば運は開けるのです。

どうぞ自分の宿命を知りたい方はご一報ください。きっとお悩みは

消えると思います。

 

 

今、論語の解説書を読み直しています。

11月30日(火)晴れ大安 六白金星中宮日  自分の為に本を読む。

今、己を高める・人を育てる・「実践・論語塾」 安岡定子著を読み直

しています。何度か読んだような気がしますが、読むたびに新しい

見があるような気がします。

この本は水戸商工会議所創立20周年記念に発行された本です。

この論語の中に「礼」「徳」「仁」という孔子の言った言葉が基本のよ

うです。

「礼」とは人の心を形にしたもの、習慣や礼儀です。約束を守る、卑

怯な事はしない、自分を大事にする、志を持つ、人を愛す、これらを

実践することが、まさしく礼です。

「徳」とは正しい事を実行できる力のことです。道義をわきまえるこ

とと言えるでしょう。祖父・安岡正篤は、これを失ったらもう人間では

ない、というものが徳だ、と言っています。

「仁」とは、思いやりこそが人にとって最も大事だと言う事です。

哲学である論語がなぜこれほどにまでに信頼、愛されてきたので

しょう。それは普遍の原理があるからです。志を持つ。卑怯な事は

しない。私利私欲を捨てる。社会貢献をする。年長者の言葉には耳

を傾ける。言動は慎重にする。家族を愛する。あたり前のことばかり

です。誰もが納得できる原理・原則で私たちに迫ってきます。

トップリーダーから新入社員まで読む教えです。

経済や科学技術などが発展していく現代には、「論語」に代表され

るような古い哲学はそぐはないと思われるかもしれませんが、それ

は逆です。根本は何千年も前に出来上がっていて、先人達はその

精神の下に将来を築いてきました。論語の言葉は、日本人の崇高

な精神世界と重なる点が沢山あるからです。

皆さんも是非、この論語の著書を読んでください。是非・是非・是非

言われた通りに話しました。

11月15日(月)晴れ 友引 

言った通りに実行し、上手くいきました。と報告があると嬉しいです。

先日電話相談でアドバイスをしてあげた方からの報告でした。

今度、一度来訪してくれると言ってましたので楽しみです。

禅に学ぶ「無我」-8- 柳緑花紅 百歳の禅語より

すべてのものはお陰によって存在する。

「柳緑花紅」のもう一つの真理は「無我」です。これは我々が普通に

言っております無我と言うものではありません。

ここで言う「無我」とは「物が存在するのはそれだけでは存在できな

い、必ず他のかかわりがあって存在するんだ」ということ。

これを「無我」と言います。

「すべてのものは無常であり、そしてすべてのものは無我である」--

これが仏教の世界観です。世の中には永遠に変わらないものは何

一つない、また、それだけで他と無関係に存在するものは何もな

い、と言う事です。

裏返しで言うと、永遠に変らないもの、そして、それだけで他のとの

かかわり無しで存在できるものを実体」と言います。この実態とは

永遠に変わらないもの、物それだけで存在することが出来る物を言

うわけですが、仏教の世界観では「そういう実体なるものはない」と

実体を否定するのです。

久しぶりの電話。

11月4日(木)晴れ友引  久し振りの電話相談がありました。

今年の春の頃、隣県から御夫婦で来訪された方から久し振りの電

がありました。いろいろお話をしました。人は悩みは尽きないもの

す。春に相談したことは上手くいって喜んでいました。

最後に電話して話を聞いてくれて良かった、気が楽になりましたと

言ってくれました。

上手く行った話を連絡いただきますと私も嬉しいです。

 

持つべきものは友です。

10月30日(土)晴れ先負 一白水星中宮日 差し入れがありました。

昨日、何時もの友人が奥様の造ったブリ大根を届けてくれました。

美味しそうです。ツマミに最高です。(^^)/

時々差し入れがあります。私が一人で生活して居るのを助けて呉

ています。嬉しいですね。(^_^)v

やはり普段のお付き合いが大切ですね。持つべきものは友人知人

ですね。

今日は、気分転換に辰の口キャンプ場へ行き、コーヒータイムをし

がらキャンプに来ていた方とのコミニケーションを取りお話をして

ました。楽しかったです。(^_^)v

 

一服どうぞ 千 玄室

 日新聞にあった裏千家家元 千 玄室氏の書いた文章です。

「格好良く老いる極意」です。

見ずらいかもしれませんがクリックしてみて下さい。75%程度で見

るのがお勧めです。

格好良く老いる極意

 

多い電話相談。

10月21日(木)晴れ赤口  一白水星中宮日

この所コロナ禍の問題でしょう電話相談が増えています。

悩みのない人は居ないですから電話でもメールでも相談してくださ

い、出来るだけ適切なアドバイスをさせて頂きます。

人は誰も幸せになるために生まれて来たのですから。

相談は一切無料です。

禅に学ぶ -7- 柳緑花紅・・百歳の禅語より

無常にはプラスとマイナスの両面がある。

花が咲いて美しいというのはどういった真理を表しているのか。

その第一番は「無常」ということ。無常の真理を象徴しているので

す。全てのものは移り変わっていく、と言う事です。

ただ、無常というと日本人は何か厭世的な気持ちになって、「祇園

精舎の鐘の声、嗚呼・・・・」となりがちですが、そういうマイナスの面

だけを見るのではなく、プラスの面も見なければならない。

「世の中は三日見ぬ間の桜かな」は、江戸時代の俳人・大島蓼

の詠んだ句です。この句は「三日見ない間に、もうこんなに桜が咲

いた」という意味にも「ちょっと見ないうちに、もう桜が散ってしまっ

た」という意味にもとれます。

無常というと、この「散ってしまった」という面にばかりとらわれがち

ですが、「三日見ぬ間に桜の蕾がもうこんなに大きくなってきた」と

いうふうに積極的、プラス面も見なければいけないのです。

日本人はとかく無常のマイナス面だけ見ますけれども、すべてのも

のをプラス・マイナス両面から一つにまとめてみていただきたい。

先ずこれが一番大事な事です。

「真面目」とは本旨、本来の趣旨でありますから、今の場合では

と言う事が真面目なのです。「柳緑花紅」だけれども、そこに真面

目としてプラス・マイナスの無常観が表われているわけです。

 

日にちの相談電話。

10月16日(土)曇り先勝  明日の日の確認電話。

明日借りた倉庫へ引越し前の荷物を運びたいが、日の運勢は大丈

でしょうか?との電話でした。

暦を見た所、明日は友引で何ら問題はないと思います。と返事しま

た。暦の下段の所が良くないのを気にしているようでした。が、あ

まり気にしないで良いですよと答えてあげました。いろいろ気にする

方もおりますが、やはり昔からの言い伝えは守った方が良いでしょ

うね。方位や日の選定などは気にしてください。

あなたは何か大切な事をする時に、大安や友引、仏滅など気にしま

せんか?

禅に学ぶ-6- 事実の奥にある心理を見破る。「百歳の禅語より」

柳は緑花くれない 「柳緑花紅」 蘇東坡の詩。

こちらから学ぼう学ぼう、教えてもらおう教えてもらおうと思って謙虚

に謙虚になると、自然現象がみんな寄ってたかって、私たちに何か

教えてくれますよ。自然も尊い先生です。

「柳緑花紅」柳は青々として花は紅くなっていくーーそういう何事も

不思議のないあたりまえの中から「真・善・美」といった真理を汲み

とって見ていくことが出来るのです。

「柳緑花紅」(やなぎは・みどり・はなくれない)この言葉は中国の宋

時代の有名な詩人である蘇東坡(そとうば)の詩です。

蘇東坡と言う人は禅もやっているものですから、ただ綺麗清々しい

なというだけではなく、それは「真面目」であると言う。真面目と言う

のは禅語であります。ここでは真面目とは「本旨・本来の趣旨」とい

う意味です。

「柳緑花紅」と見えるのは外形、外から見るだけの事である。その目

に見える現象の奥に、深いものがなければならない、これが禅の見

方になってくるのです。

そして、その現象の奥にある深いものというのが「真面目」なので

す。

 

あなたの周りに居ませんか?

10月9日(土)曇り赤口     自分の正当性を主張するあまり

あなたの周りに居ませんか?友人や兄妹の中に・・・・・・・・

自分の正当性を主張するあまり相手の欠点を針小棒大に話す人が

過去に面倒を見てもらった事や、お世話になったにも関わらず平気

で裏切るような言動を話す人です。自分の過去にマイナス面を知ら

れている人に対しては、なおさらです。

昨日相談を受けた方のお話がそうでした。この様な場合どうすれば

いいのでしょうか?というお話でした。

同じような方が大勢いる事をお話してみました。何はともあれ相手

にしない事です。兄妹だろうと、友人知人であろうと皆同じです。

そんなお世話になった方に悪口を言っていると、誰にも相手にされ

なくなるのは目前ですし、幸せな人生を送ることは出来ないでしょ

う。世の中がどんなに変わっても日本人である限り、義理人情は守

らなくては生きて行けないのです。とお話ししました。

きっと相手は後悔していると思いますから、前を向いて生きて行き

ましょう。涙を流しながら納得して頂きました。

何の悩みや困りごとは無い人。

10月5日(火)晴れ赤口 面白い話。

今日のご婦人(30代初め)の方がお出でになりました。いろいろ話

を聞いてみると特別悩みや困りごとはなさそうです。

何故、私を訪ねてきたのかというと、自分のように何の悩みも問題

もない事が逆に不安になってしまう。との事でした。(^^)/

こんな方もいるのですよ。幸せな生活を送っていることに感謝する

ようにお話ししました。何か問題が起きたら又来ますと言ってお帰り

になりました。世の中にはこんな幸せな方も居るんですね。!(^^)!

 

家庭のあり方見直す時。

10月2日(木)晴れ友引 三碧木星中宮日  千 玄室の言葉。

私は数十年にわたり新聞は「サンケイ新聞」をとっています。

週に一回、裏千家前家元 千 玄室氏の言葉が「一服どうぞ」という

欄に記載されます。楽しみに見ております。以前にもこのブログへ

せたことがあります。今回は、「家庭のあり方見直す時」と記事に

なっていました。感ずるところがありましたので載せさせていただき

ます。

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知り合いが退院挨拶に

9月25日(土)曇り晴れ  昨日、突然知人が来訪しました。

数日前に知り得たのですが、知人が胃ガンの手術をして入院して

いる事を知りました。この折コロナ問題で面会できなく心配していま

したが昨日、突然来訪し退院したとの事で挨拶に見えました。

12キロほど痩せたと言い力ない話方でした。仕事のことなどで心配

でしょうが体が大事ですので、ゆっくり養生するように話しました。

私より10歳ほど若い知人です。会社の社長をしていますが、会社

の心配をしていました。胃の手術なので出来るだけ消化の良いもの

を食するように話しました。帰る姿も何となく元気がありませんでし

た。心配です。

 

今日も又電話相談がありました。

9月22日(水)晴れ大安 三碧木星中宮日

今日も夕刻電話相談がありました。又、21時ごろPCのメールに

相談書き込みがありました。

皆さんがこのHPを御覧になり相談連絡をして前向きになれれば幸

いです。ご遠慮なくご一報ください。お待ちしています。

 

今日は彼岸の入りです。

9月20日(月)晴れ先負  五黄土星中宮日  秋の彼岸の入りです。

今日は秋の彼岸の入りです。

報道では、各地の行楽地は人出・車で一杯だそうです。コロナ禍の

問題などは関係ないようですね。

行楽地に出かけるのは良いですが?彼岸にはご先祖様の墓には

お参りしましょう。

彼岸とは、弱肉強食や様々な問題があり苦しみの現在です。

此岸とは極楽のあの世の世界です。両親やご先祖様に此岸に行け

るようにと願う心です。貴方の行動は子供が見ています。子供は貴

方の行動を踏襲するのです。昔からよく「子供は親の背中を見て育

つ」と言われています。

せめて彼岸にはお墓参りに行きましょう。

 

 

 

梨を土産に長兄訪問して来ました。

9月18日(土)雨先勝 熱帯低気圧に変わった台風で一日中雨でした。

小雨になったので、長兄の様子を見に梨のお土産を持って行って

来ました。二人とも元気で安心しました。長兄は90才ですので何

かと心配です。自分が元気なうちは見守ろうと思っています。

免許も返納し歩行がちょっと問題です。長兄の妻は歩行器に掴まっ

ての歩行です。二人とも転んだら大変です。元気でしたので安心。

毎日のお経。

9月17日(金)曇り赤口  明日は一日雨、台風が近付くようです。

私は毎朝仏壇に水・お茶・ごはんを上げてお経を唱えています。

般若心経と延命十句観音経です。最近椅子にばかり掛けている

ので仏壇前での正座をすると足の痛みを感じるようになってしま

いました。これではいけないと思い、今日から又ウオーキングを始

める事にしました。今日は久し振りで20分ほどあるいてきましたが

初めは足がもつれている様な感じがしました。20分ほどでしたがい

い汗をかきました。これから毎日続けようと思っています。

足腰は大切ですからね。(-_-;)

四国徳島よりの相談あり。

9月16日(木)曇り大安 九紫火星中宮日  遠方よりの電話相談。

今日午後、電話相談がありました。徳島県からの相談でした。

スマホから見つけて電話を記録していたそうです。ご両親、ご主人

ご主人の両親をも亡くしているそうです。子供さんも無いそうです。

いろいろお話を伺い、アドバイスをさせていただきました。

いろいろな悩みを抱えている方々は、その心の内を聞いてもらいた

いのですね。どんなことがあっても自分の進む道を見つけ、前向き

生きて行くことが大切です。

お話は何時でも聞く耳を持っています。出来るだけ相談者に合った

アドバイスもさせて頂きますのでご遠慮なくご一報ください。

 

遊びに来てくれました。

9月10日(金)晴れ大安  昨年夏以来の来訪です。

昨日連絡がありました。奥様と息子さんと二人での来訪です。

車で2時間かかったそうです。9時半ごろ来られました。息子さんも

かなり元気になった様子でした。今日は天気が良いのでドライブし

がら遊びに見えました。いろいろ昨今の話をしました。息子さんは

アウトドア派で、今日も軽のバンを新車で購入し車中泊が出来るよ

うにしてありました。親子でキャンプへ行ってるようです。好きな事を

させてあげることが大切です。昼食も忘れて話をしました。

汗をかいて体を動かすように勧めました。あと、自分に自信を持つ

ようにと諭してあげました。

午後2時ごろお帰りになりました。今度は一人で来ると言ってまし

た。帰り際観音霊場巡りの掛け軸を見せてあげました。感心してみ

ていました。又、般若心経の話もしてあげました。お経は葬式の時

ばかりではなく現実における人生の指導書なのですから興味が

あったら読んだり写経したりしてみては、と話してあげました。

次回の来訪が楽しみです。

前を向いて生きよう。

人は誰でも過去を振り返れば、恥ずかしい事や反省しなければな

らない事が思い出されます。しかし、過去は戻って来ません。

どんな過去があっても現在悔い改める心があるのなら、それは許さ

れるでしょう。その分人間として前を向いて生きる事です。

人間は、人の為に生きるように生まれてきたのです。過去にどんな

ことが有ろうと以後は人の為になることを目的として生きるのです。

前を向いて人のために生きれば、必ず目の前に光が差し幸せにな

れるのです。

皆で前を向いて人の為になるように生きて行きましょう。

きっと幸せが待っていますよ。

あなたは知っていますか?

9月4日(土)雨仏滅  三碧木星中宮日  今日も雨です。

自分を知らないで上手くゆかないという人が多いです。

自分はどんな宿命の元に生れて来たかを知ることが大切です。

宿命の中には、いろいろな事が記されています。

例えば、職業選択、性格、相性、良い・悪い方向、掛かりやすい病

気などです。これを自分で知っているか知らないかで大きな違いが

出て来ます。

運命は変えることが出来ても宿命は変えられないのです。自分を

知って運命を良い方に変えましょう。

 

この所毎日のように

9月1日(水)雨 今日から9月に入りました。寒暖の差が激しい今日この頃です。

今日は一日雨。長袖を来て過ごしました。激しい気温差に留意して

ご自愛ください。

この所毎日のように電話相談があります。皆さんそれぞれ悩みを抱

えて居られます。しかし、自分の口から発露することによってかなり

心の重荷が削除されるようです。どんな問題でも良いですからご連

絡ください。きっと心が晴れますよ。(^^)/

心が晴れたら秋を満喫してみませんか?実りの秋・食欲の秋・お出

かけの秋など秋は楽しみが沢山ありますよ。

コロナ禍の問題の中で

8月29日(日) 8月最後の日曜日です。いよいよ9月秋ですね。

遂に茨城県も非常事態宣言をしました。コロナ問題は長引くよう

ね。(-_-メ)

それでも週末の各地のキャンプ場は満員のようでね。

コロナ問題が起きてから電話相談が増えて来ました。今迄何度か

られた方も電話相談です。家に籠っていると色々と心や精神的

題が起こるものです。

皆さんも心や胸内の悩みがある場合は遠慮なく電話をください。

何度も言うようですが、発露することは心を軽くするものですよ。

思考し、謙遜し、希望を持つ…百歳の禅語より

思考し、謙遜し、希望を持つ‥…百歳の禅語より。

今の時代は考えることが全くなくなってしまっています。すぐに切

れてしまったりするのは、考えることが無いからです。

何故考えないかと言えば、読書をしないからでしょう。そのことが

あらゆる犯罪の根源だと思えるのです。

読書をしないから思考する材料が生まれない。読書をしないから話

材に乏しい。普通の会話も、今の若い人は満足にできない。

つまり話の種がないのです。

読書をしてものを考えれば、謙虚にならざるをえないのです。人間

にとって謙虚は必要ですが「私は謙虚になろう、謙虚になろう」と努

めると、どこかわざとらしい所が出て来ます。

本当の謙虚は、学ぶところから始まると思うのです。学べば学ぶほ

ど、自分の足りないところが良く分かってくる。すると黙っていても、

謙虚な姿勢になってくる。少しでも学んでいこうという姿勢になってく

る。そうやって学んでいけば、別に努力しなくても、自然と謙虚に

なっていく。だからどこまでいっても、これで終わり、卒業ということ

はありません。

マッカーサーの座右の銘であったサミエル・ウルマンの詩「青春」に

出てくる「希望ある限り若く、失望と共に老い朽ちる」この「希望を持

てる」ということが若さの証明になるんですね。

 

発露することは大切です。

8月18(水)晴れ大安

自分の心で悩んでいるような場合は、誰か聞いてもらえる人に発露

することが大切です。コロナ問題で最近は電話相談が多いですが、

皆さん自分の口から発露(話す)ことで心が軽くなるようです。

発露すれば必ず心は軽くなります。始めは真剣な悩みのお話です

が終わりには気分が晴れてきたことが手に取るようにわかります。

実際皆さんそう言って電話が切れます。

禅語  生きるも死ぬも運任せ「任運自在」

一期一会より

「人間は一期一会 何事も丁重にしておかねばならぬ 死ぬるかも

れぬがもう遅い 「任運自在」

任運は禅語で、生きるも死ぬも運に任せる。生きるも死ぬもお任せ

てしまって、自分はそれにとらわれないという意味です。禅のお坊

さんの最後の言葉です。生きようと死のうと、そうしたことにはとらわ

れない。縁があったら生き、なかったら死ぬだけのこと、と。

「和顔施」(わがんせ) 千玄室の言葉より。

8月16日(月)曇り 元裏千家家元  千 玄室の言葉より

今日新聞の切り抜きを見て千 玄室の言葉を読みました。

その中の一節を記します。

笑顔で接する「和顔施」より

とかく人間は自分本位で事を判じ、我だけは守られているという

増上慢になる。

釈尊の教えには、基本をなす3つの「布施」がある。

1には「無為施」。これは人から不安や恐怖を除き、無事平穏に過

ごせるようにすることである。この無為施はあまり世に知られていな

い。

2の「法施」は主に僧侶に対してで、大切な法を説くには広い心で良心の在り方を知らねばならないのだが、中々に難しく理解しがたい。

3つ目の「財施」。これは当然金品による布施の事であるが、施しを

するとともに謙虚であり自粛する心を持たねばならぬ。奉仕、すな

わち他の人の為に自分が何をもって手助けをすることが出来るか

を考え、実行する施である。いずれにしろ、自分が生存するという意

義の大切さ、自分より他の人の為になすことができる人生の尊さを

教えたものである。

これとは別に、釈尊は「無財の七施」というものを示されている。

@優しいまなざしで人と接する「眼施」

A優しい笑顔で人と接する「和顔施」

B思いやりの有る優しい言葉をかける「言辞施」

C自分の身体を使って奉仕する「身施」

D他人の思いやり気を配る「心施」

E席や場所を譲る「床座施」

F雨風をしのぐ場所を与える「房舎施」

釈尊の教えだから宗教の教えだからと難しく考えず、構えずに身近

にできる事ばかりではないだろうか。

私は特に「和顔施」が好きである。笑顔を向けられて、嫌がる人は

いないのではなかろうか。(せん げんしつ)

この世に於いて、たった一度のめぐり逢いだという深い受け取り方

が必要だと思うのです。

と書かれていました。確かにそうですね。

茶道の言葉より「一期一会」

8月15日(日)雨友引 今日再び本を読む「一期一会」について

一期一会は禅語ではないと言います。これは茶道の言葉であると

言われています。「会った時が別れの時、出会い、めぐりあいを大

切に」と言う事になる。一生涯で毎日出会っていたとしても、今日と

言う日は今日しかない。今と言うのは今しかない。だから会った時

が別れの時だと知り、出会いやめぐりあいを大切にしよう。という意

味です。

人間は「めぐりあわせで」で出来ていく、人間というものを考えると

「人」という字は象形文字で、左の字と右の字がお互いにもた合って

出来ている。人は一人では生きて行けないという事をこの「人」とい

う字が示している。「間」という字を解説すると広辞苑に「めぐりあわ

せ」という解釈でした。人は何に、どういう角度でめぐりあうかによっ

て、その人自身が出来上がってゆく。つまり、めぐりあわせによって

ひとができていく。

と、百歳の禅語には書かれていました。

盆入りの日。禅語「閑中至楽」

8月13日(金)雨 盆入り。

今朝は早朝から雨でした。

今年もお寺さんに行き墓参りをして来ました。お寺さんで戴いた小

冊子を見ると、大徳寺派管長の書かれた禅語が表紙の裏に記され

ていました。「閑中至楽」(かんちゅうしらく)と言う禅語です。

意味は、自粛生活の中で閑な時間を生かして楽しみましょう。という

事だそうです。コロナ禍問題で日本中が自粛している中での言葉で

大変参考になりました。

コロナ問題からか

7月27日(火)大安 台風が関東地方を避けてホッとしました。

このコロナ問題が起こってから、相談傾向が変化しました。

来訪者が減って電話やメールの相談が増えています。これも仕方

ないですね。在宅ワークが増えたせいで家庭問題の相談も増えて

います。

何でもいいですから胸の内にある悩みは発露してください。心が楽

になりますよ。!(^^)!  連絡を待っていますから遠慮しないでね。

相談者の来訪。

7月2日(金)雨先負 六白金星中宮日 梅雨前線北上し雨の一日。

今日は朝から一日雨でした。夕刻スーパーへ買い物に行っている

とスマホ連絡があり来訪したいとの事でした。急ぎ帰宅しますと、

間もなくお出でになりました。お話は、ご主人の病気と介護認定の

お話でした。経験からアドバイスしましたところ、心が軽くなったの

しょう笑顔が見えて来ました。一時間ほどコーヒーを飲みながら

のお話でした。再来すると言いつつお帰りになりました。

自宅介護は大変です。当事者よりも介護する人が大変です。

いよいよ7月です。

7月1日(木)雨友引 五黄土星中宮日  一日中雨でした。

いよいよ7月、本格的な梅雨です。梅雨前線が近付き雨が多くなっ

来ます。今日はその初めのようですね。

6月も来訪や電話相談、メールでの相談と結構な数の問い合わせ

がありました。皆さんそれなりにアドバイスに対して納得されて前向

きに進んでいるようです。安心しました。

どうぞ、どんな相談でも聞く耳を持っていますのでご遠慮なくご一報

下さい。

 

雨の中菜園で胡瓜の収穫。

6月19日(土)雨友引 二黒土星中宮日 雨の中キュウリを収穫に

雨が降っていましたが、菜園に向かいました。キュウリを収穫する

為にです。成り物は一日として放って置くことが出来ません。

キュウリ6本を収穫して来ました。

メールの相談が入っていました。県内の方なので一度来訪をするよ

うに返信しました。

夕刻7時頃電話しておいたので友人が来られました。キュウリ6本と

35年前の梅酒の梅を、そして13年前の梅干を持たせてあげまし

た。喜んでお帰りになりました。マミーが留守にしているのでアチコ

チ片付けしていると思いがけないものが見つかります。今回の梅酒

もそうでしたし、梅干もそうでした。まだまだ何か出て来そうで楽しみ

です。

歯科医院へ行きます。

6月17日(木)晴れ赤口 九紫火星中宮日 何年かぶりの歯科医院。

明日9時半に予約をしたので行って来ます。果たしてどんな按配な

のか心配です。私は入れ歯は一本もありません。(^^)/

80歳で入れ歯が無いのは珍しいようです。!(^^)!

ついでにデパ地下にでも寄ってこようと考えています。

最近の傾向。

6月12日(土)晴れ先勝  四緑木星中宮日  最近多い電話相談。

今月に入って3件の電話相談がありました。最近の傾向ですが県

内在中の方の電話相談が増えています。皆さんそれぞれ問題を

抱えているようです。何度目かの方もいます。発露することにより

気分が楽になっているようです。どんな問題でも結構ですから困っ

た時にはご一報ください。

いよいよ5月も終わりです。

5月30日(日)晴れ仏滅  九紫火星中宮   皐月も終わりですね。

いよいよ5月も終わりですね。梅雨の季節,水無月(みなずき)とな

ます。なぜ、水無月と言うのでしょうね?梅雨で雨が多いのに。

この6月(水無月)は梅雨の時期です。うっとうしい日々が続くと思

うと気が滅入りますね。

何かと気が滅入り悩みや困りごとが多くなります。相談は無料です

ので何時でも電話なり来訪するなりして下さい。

あなたの心のよりどころです。

電話相談。

5月27日(木)雨  六白金星中宮  悩みは尽きず。

今日は朝から雨。午後電話相談がありました。やはり現代の人は

心配事や悩み事を聞いてもらえる友人は無いようですね。

男性の方でしたが、仕事の事やプライベートの悩みを話してくれま

た。 話をして気分が晴れたと言ってました。(^o^)/相談料は

幾らかかりますか?と言いましたので無料ですよと言ってあげまし

た。本人は安心したようです。

後日来訪すると約束してくれました。来訪されたらいろいろ話してあ

げようと思っています。来週あたり来訪するようです。 

最近多いような気がします。

5月25日(火)晴れ 大安  四緑木星中宮日

最近の相談で多いと思われるのは、社内のモラハラ問題です。

実際にこのような問題が起きているのですね。

女性ばかりではなく男性からの相談もあります。会社や担当上司

迄もが、うやむやにしようとしている現状があるのです。問題です。

もし、モラハラやパワハラ・セクハラ問題でお悩みの方は思い切って

担当省庁へ訴えて下さい。それが貴方だけでなく後に続く人の為に

なるのです。楽しい職場が一番です。

 

金銭的にも精神的にも余裕のない現代人。

5月21日(金)雨曇り雨先勝 九紫火星中宮日 なんでそうなんだろう?

今日友人が奥様同伴でお出でになってくれました。

いろいろお話の中で、私たちの時代と現在は全然違ってしまってい

るとの話です。生活に余裕が無く他人のこと等かまっていられない

時代だと言う。知人夫妻は同年の80才です。我々の時代は互いに

助け合いながら生きてきた時代だったと言う。それを聞くと確かにそ

んな気がします。現代の人は趣味のない人が多いようですし、相談

者の殆どが胸の内を打ち明けられるような友人がいないと言いま

す。それだけ打ち解けた友人知人が居ないと言う事ですね。人付き

合いをする余裕もない時代なのですかね。悲しい事です。(-"-)

私は、これからも今の生き方で貫こうと思います。時代錯誤と言わ

れようと思われようと、困っている人には手を差し伸べて少しでもお

役に立てるようにと生きて行こうと思っています。

 

今日も電話相談がありました。

5月17日(月)雨曇り先負 五黄土星中宮日 発露すれば気分は晴れる。

帰宅して一服していると電話相談がありました。遠方の方でした。

皆同じく、最初は胸の内にあるウップンを一気に興奮しながらお話

しています。興奮が治まりアドバイスなどをさせていただきますと

次第に気分が落ち着き冷静にお話しできるようになります。

今回の方も最後は落ち着いてお話が出来るようになりました。

胸に秘めたウップンは早めに発露した方が本人の為には良いよう

ですよ。

何でもお話は聞いてあげますので遠慮なさらずに発露してくださ

い。そのための「こころのよりどころ」です。

自分から発露することです。

5月10日(月)晴れ先勝 七赤金星中宮 野鳥の日 良い天気でした。

今日は庭の草取りを2時間ほどしました。熱中症に注意しながら

です。終わって一休みしていると非通知の電話がありました。

通常は非通知の場合は受けないのですが相談なので受けました。

奥様でした。ご主人を1年前に亡くして精神的に苦労している様子

です。一生懸命ご主人の看病をしたようですが認めてもらえなく悩

んでいる様子です。愚痴でも聞いてくれますか?と言うので発露す

る様に話しました。10分程度のお話でしたが終盤はかなり気が楽

になったようです。前向きに生きて行きましょう、何時でも話したいと

きは連絡ください。と励ましてあげました。

遠方よりご苦労様でした。

4月26日(月)晴れ 大安  二黒土星中宮  遠方よりご苦労様でした。

電話があり午前11時頃相談来訪されました。いろいろお話を聞き

がらアドバイスさせていただきました。初めの頃は涙声でしたが

次第に明るい顔に変化して来ましたので安心しました。最後には笑

顔さえも見られました。時計を見ると1時過ぎでしたので、お話を中

断して昼食にと、お餅を焼き品川巻きにしてトロロ昆布の吸い物を

作り二人で食べました。もうその頃は本人も平常心に戻りましたの

でもう心配はありません。要は本人が真面目過ぎるのです。真面目

なのは良いのですが、過ぎるのは良くないですね。前を向いてポジ

テブに生きて行けば必ずいいことがあります。大丈夫ですよ。

 

予約が増えています。

4月25日(日)晴れ仏滅 一白水星中宮日 庭の草取り等をして過ごしました。

日曜日です。青天でしたが若干風がありました。10時頃庭の草取

をしました。結構汗をかきましたが、まだ半分残っています。草取

は大変です。今日もホームセンターでトウモロコシ・モロッコインゲ

の種を購入しポットに蒔き直しました。農協の直売所に行きレタス

・キャベツを購入してきました。明日は、雨が降らなければ菜園に行

き野菜の苗を植えてこようとと思っています。

今日は二人の方の予約が入りました。一人で悩まず自分の口から

発露してください。何時でも聞く耳を持っています。発露すれば気分

の半分が晴れます。残りは私のアドバイス(^^)/でカバーします。

次女が来訪。

4月21日(水)晴れ赤口 六白金星中宮  今日は良い天気でしたね。

次女が夫婦で17日の土曜日に来ました。この子の感心なところは

家に来る前に必ず先祖の墓参りをしてくることです。墓参りを終えて

から帰宅します。独身時代から変りません。

昼食は中華レストランの予約までしてきたので一緒に3人で行っ

来ました。母親と私の事をを心配して来たのだそうです。が、母親に

は会えずに帰りました。何か変わったことがあったら直ぐに連絡して

ねと念を押し、お父さんも気を付けて生活してと言ってて帰って行き

ました。有難いです。 

人のためにと思う心。

4月14日(水)雨大安 八白土星中宮日

余計なことかもしれませんが、皆さんに知って頂きたいと思って電

しました。県の担当課にです。先日見川の荒人神社に行ったとき

事です。入り口には見川城址と記載した石碑が建っているので

すが入り口が分からず捜しました。1330年時代に見川城があった

そうです。現場は何の整備もされていず何処にあったのかもわかり

ません。地元の方に聞いたところ足の踏み込める状態ではないと

言ってました。が若干杉の立木の間をぬって入りました。お堀のよう

に掘り下げた通路が見えました。杉の立木と倒木に阻まれてその

先へは行くことは出来ませんでした。奥の方を木立の間から見ると

城門の跡らしい石垣が積んであるように見えました。せめてこの門

あたりまでは入れるように整備されると良いのですが。このまま埋も

れさすのは観光面や、お城があった事さえも県民市民に分かっても

らえないかと思い連絡したわけです。観光客が偕楽園・千波湖・笠

原水源と回る方が居るので、その途中に荒人神社・見川城址と地

図にあり巡ってみると何処にあるのか分からないとの事でした。歴

史ある見川城をもっと知ってもらうためにと思い、この行為に出たわ

けです。

これで県が動いてくれれば良いのですが。私の考えでは城址公園

として整備し、県民市民の憩いの場となれば最高と思っています。

 

これも人の為。

4月11日(日)晴れ先勝 五黄土星中宮日 人の為ですが疲れました。

昨日、菜園で自分の仕事で疲れていたのですが、お隣から少し畑

を耕耘してもらえないか?と言われ即返事をしてあげました。

自分の畑の草取り耕耘し、お隣の菜園に行き耕耘してあげました。

疲れて今日は一日足腰が痛みグッタリしていました。

依頼されると断り切れないのが私の性分で、これも人の為ですね。

心のよりどころにして頂ければ嬉しいです。

4月1日(木)晴れ先負 四緑木星中宮 暖かな一日でした。

今日、元県立高校の校長先生とお会いしてお話をする機会があり

した。現在の人は、自分が良ければ他人はどうでもよいと考えて

いるのではないかと嘆いていました。原因は今の教育にあるのでは

ないかと言っていました。

私の処へ相談に来る方もそのような気がします。要は、人間は一人

では生きて行けない。周りの人々の協力があって生きられるので

す。森羅万象と言う言葉がありますが、我々人間は宇宙の中で生

かされている事を認識しましょう。生きているのではなく生かされて

いるのです。もしこれに異議を唱えるならば、人間は無償で酸素を

吸って太陽の光をも受けて生きているのです。お金には換算できま

せんね。全ての物は生かされているのです。木も草もコケも動物も

もちろん人間もです。そう考えると自分の事だけを考えていることが

間違いと気が付くはずです。全ては皆繋がっているのです。

今日も電話相談がありました。

3月28日(日)雨晴れ大安 九紫火星中宮日 不安定な天気でした。

今朝はゆっくりベットに入っていました。多少疲れは取れました。

菜園が心配で見に行って来ました。案の定ネギ苗が暴れていまし

た。手直ししてホウレン草を収穫して来ました。

夕刻、男性の方から電話相談がありました。県内の方です。いろい

ろ話を聞きアドバイスさせていただきました。やはり原因はストレス

ですね。そしてこの方も自分の趣味を持っていませんでした。

なんで最近の人は趣味を持ってないのでしょうね?心の余裕が無

いのが原因ですかね。(-_-;)生活が一杯で心や気持ちの余裕が

ないんですね。可哀想(-"-)です。

前を向いて生活しましょう。前を向けばきっと良いことがありますよ。

最近ブログの読者が増えています。

3月19日(金)曇り晴れ友引 九紫火星中宮日  嬉しいですね(^^)/

最近、このブログの読者が増えています。特に目立ったサイトはあ

ませんが、「幸せ相談所」を見てくださる方が増えて来ました。

悩みや問題を抱えて、どこに相談したらよいかと迷って居られる方

が見て下さるのでしょうね。以前にも書きましたが自分の口から発

露すると、心や気分が半分位楽になります。現代の人は、友人は多

いのですが、本当の心からの友人が居ないようですね。何か相談し

たい場合遠慮なくご一報くださいね。

いくらかはアドバイス出来るかも・・・

 

趣味を持とう。

3月17日(水)晴れ赤口 七赤金星中宮   趣味を持ことの意味は。

色々な悩みや問題で御相談を受けていますが、相談者の70%以

上の方が自分の趣味を持っていません。

何故、趣味が必要かと言いますとストレス解消になるからです。

趣味に没頭すると言うことは、頭の中・心の中の悩みや問題がその

時は忘れることが出来るからです。ストレスの解消になります。

私は趣味が多いくらいですが、現在はガーデニングや自家菜園仕

事が主な趣味です。特に菜園仕事中は汗をかきながら草取りや種

蒔き、苗の植付、菜園の耕転、生育の助成等をしていると全てを忘

れています。(^o^)/

皆さんそれぞれ事情はあると思いますが、何でも良いですから自分

がやりたいと思ったことを趣味として長く続けてやってみて下さい。

そして、するときは真剣に没頭してください。きっと心や気持ちが救

われますよ。(^^)/  

趣味を持つことは大切なことです。

きっと心のよりどころになるでしょう。

問い合わせの電話がありました。

電話の内容は、自宅には亡くなった父と母の写真を飾り毎日お茶

やご飯を供えて手を合わせているが、仏壇は無いとの事で仏壇を

購入した方が良いか、との問い合わせでした。

仏教では長男長女にかかわらず家に仏壇が無い事は、仮の住ま

いと言われます。自分の家を持ったなら誰も仏壇を添える事をお

勧めします。何故ならご先祖様が居て両親が居て、自分はこの世

存在しているわけです。ご先祖様両親に感謝する意味で大切な

ことは感謝の心です。

もし仏壇を購入する場合は、お盆・春秋のお彼岸又は、どなたかの

命日にし、菩提寺の住職に来て頂いて入魂式をして頂きたいと思

います。そうすることによって、ご先祖様ご両親に守られることは間

違いないでしょう。

六道を輪廻する。法華経より

再読の本の中に人間は「六道を輪廻する」とあります。

「六道」とは地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六つです。

地獄とは:心が怒りで占領されている状態。

餓鬼とは:貪り欲張る心がかぎりなく起こってくる状態。

畜生とは:知恵が全然ない状態です。愚かなことです。

修羅とは:何事も自分本位に、自分の都合のいいように考える事。

人間とは:以上の四つの心を持っているけれども、良心によってそ

      れをそれをある程度に押さえ、極端にまで突っ張らせるこ  

      とのない状態です。

天上とは:歓喜の世界です。これは変化のすることのない喜びでは

      ありません。つまり迷いの上の喜びですから、何か嫌なこ

      とが起これば、直ぐ地獄道や餓鬼道や修羅道等へまっさ

      かさまに落ちる可能性のある、ほんの仮の喜びです。

      有頂天というのはこの状態のことです。

      人間の心の中には、六つの世界がかわるがわる起こって

      いる、その状態を「六道を輪廻する」と言います。

私もまだまだ修行が足りません。今もなお六道を輪廻しているので

す。一日も早くここから抜け出したいと思って努力しています。   

再読しています。

3月6日晴れ(日)

この数日自己反省をしながら法華経の解説書を再読しています。

他に論語を読んだりしています。人間生きていることは生身です。

生きてゆくうちには、煩悩に悩まされるのが通常です。煩悩を乗り

越え超越するには悟りを得なくてはならないのでしょう。

私はまだまだ時として煩悩に悩まされています。恐らく死ぬまでこ

のような人生が続くのではないかと思われます。そのくらい悟りを

開くことは難しいのではないでしょうか。(-_-;)何とか少しでも煩悩

を遠避ける為に努力しようと、色々な先人の残した人生の指導書を

読み漁ってきました。今それを再読しています。

人生何か自分に疑問を持った時に、再読できる書物があると読ん

みたくなるものです。

 

私もまだまだ煩悩に悩まされています。

普通の人間は煩悩から脱却することは難しいですね。何とか努力

してみても事と次第によっては煩悩が先に立ち反省しきりです。

今迄書き続けてきたノートを再読しても反省しかありません。(-_-;)

今後も引き続き色々な先人賢者の本を読んで勉強し、出来るだけ

煩悩から離れて皆さんのお役に立ちたいと思います。

人間は生きている内は煩悩から離れることは出来ないような気が

します。人生、煩悩に惑わされることなく生きたいと思います。

いくつになっても勉強ですね。

 

人を許す心をも大切です。

2月15日、今日も電話相談がありました。奥様でした。

初めはやはり、今迄心に囲い込んでいた思いを興奮気味に吐き出

す様にお話ししていました。元気な張りのある声でした。いったん話

し終えると私のアドバイスを聞いてくれました。私も相談者の気持ち

の中に入ってチョット涙ぐみましたヨ。

人を、まして親を許す事は大変な心の葛藤があるでしょう。しかし、

人を許すことが出来るような生き方も人生です。この方には出来ま

す。人生悔いなく送るには許すことも大切です。もし許さなかったら

一生後悔するようになるでしょう。

相談者が、「聞いて頂いて本当に気持ちが楽になりました。有難う

ございました」と言ってくれた時は嬉しかったです。私のアドバイスも

素直に聞いて下さり、努力します。と言ってくれました。

人を許すと言う事は大変難しい事です、誰も許せる事と許せない

があると思いますが、自分の心のわだかまりを無くすには許すこと

も大切ではないでしょうか。

どうぞ一人で悩みや困りごとを囲い込んでいないで、私に発露して

ださい。聞く耳は持っています。きっと心のモヤモヤを取り去ること

が出来るでしょう。

前向きに明るく生きよう。

2月7日(日)晴れ先勝 五黄土星中宮 前向きにポジテブに生きよう。

電話相談がありますが、殆どの方の声は沈んで暗い感じが汲み取

れます。これでは周囲の方とのコミニケーションもとれません。

このような方の多くは周囲の方とのコミニケーションがとれない、と

か皆に認めてもらえない等の話がほぼです。

人間は、自分に自信を持ちポジテブに生きなければなりません。

それが出来なくて悩んでいるのです。自分を殺すことなく、はっきり

した言葉を発し返事することが大切です。そうすれば自然と周りは

認めてくれるようになります。一日にしてはならないですが、それを

続けることです。幸せ感は必ず感じるでしょう。

常に前向きに上を向いて過ごしましょう。

 

メールがありました。

2月4日(木)晴れ仏滅 二黒土星中宮   メールが届いていました。

今夜、PCを開きますと若い方からメールが届いていました。

自分の人生の事で悩んでいる様子です。

前向きに沢山悩んでみることも大切です。生き方は自分で見つけ

ことしかできません。自分の幸せを掴むために悩む事は誰にも

ありますが、じっくり悩んで考えて見ましょう。

決断がつかない場合はアドバイスさせていただきます。

幸せを掴みましょう。

1月6日(水)曇り先負   気温の低い寒い1日でした。

令和3年になって今日で二人の訪問者がありました。電話相談は

2件です。皆さん幸せを掴もうとして相談に来られます。

私もまた相談者の幸せを願ってアドバイスさせていただいていま

す。相談者がお帰りになった後も、その後どうしたろうな、と心に

めています。何時も皆さんの幸せを願っています。

皆が幸せになればこの世は安泰ですし楽しいです。

このHPを訪問して下さる方は、毎日150人は下りません。又、無料

相談のページをチエックして下さる方は毎日5人はおります。

遠慮しないで何でもご相談ください。待っています。

心のよりどころを求めて

1月29日(金)晴れ仏滅 五黄土星中宮  長い電話での発露あり

丁度お昼12時頃の事です。突然電話が鳴り取ってみると女性の方

でした。「何でも話してもいいですか?」との事でじっくり聞いてあげ

ました。子供の頃からの話、そして全てに恨みを持っているとの事

でした。両親にも夫にも子供にもママ友にも恨みが積もり積もって

どうにもならなくて居たそうです。私の話は一切聞きません、全部話

を聞いてあげました。最初の頃は自分の話に興奮していましたが、

次第に落ち着いてきました。私の感じでは、自分をドンドン追いつめ

て苦しんでいるように思えました。自分の事だけで周りが見えなく

なっているようです。1時間ほど話を聞いて、自分が幸せになる方

法を考えるように諭しました。

私に心の思いを思い切りぶつけて発露したようです。これで少しで

も心が晴れるならと思いました。

 

信じてくれてありがとう。

一昨年、東京から相談に見えた若者が居ます。会社の跡取りです。

親子関係・従業員との関係・仕事の在り方、等でした。いろいろ聞い

てアドバイスさせていただきました。

その後従業員の事などで連絡ありアドバイスさせていただきまし

た。彼は私のアドバイスを素直に信じて実行してくれたようです。

今日の電話は声が弾んでいました。親子関係も仕事も順調で人手

が足りないとの事でした。良かったです。

彼が、人の為に親の為にと実行に移してくれた見返りです。

一儲けしようなどと思って自己中に考えていると、今の状況には

なってなかったでしょう。

自分は、この仕事をすれば多くの人が喜んでくれる、との考えです

れば必ずその見返りはあるでしょう。

今回の事は、それを如実に表していました。嬉しいです。

 

もっと真剣に生きよう。

コロナ感染の増加のニュースが毎日報道されています。

国民一人一人が起こる問題に対してもっと真剣に関心を持って生き

てはどうでしょうか?

何事に於いても日々もっと真剣に取り組む事が大切です。「自分位

いいや」等と考えていることは間違いです。人間は一人では生き

て行けないものです。周りの人々に支えられて生きているのです。

出来るだけ周りの人々に迷惑をかけないように生きたいものです。

現在に合った言葉?・・良寛和尚

あの良寛和尚の有名なことばです。

災難に逢う時節には災難に逢ふがよく候。(中略)これはこれ災難

をのがるる妙法にて候。

(災難に逢ってしまったならば、そこから逃げず、災難に向き合うの

が良い。(中略)これが災難から逃れる妙法です)と紹介されていま

す。

心のよりどころを求めて

1月6日(水)曇り先負 一白水星中宮日  若い来訪者がありました。

今日午後PCに向かっている時突然電話があり、HPを見たので今

ら行ってもいいですかとの事でした。了承して待ちました。

若い女性が来られました。自分の悩みを話していただきました。

いろいろな事例を話してアドバイスさせていただきました。短い時間

でしたが納得されてお帰りになりました。又何かの場合は来ます。

と言ってました。

私は日頃から、各人が幸せになるためのアドバイスをしています。

何時も相談者にはどうか幸せになって下さいと思っています。

 

令和3年を迎えました。

1月6日(水)曇り先負 一白水星中宮日  気温は低く寒い一日です。

遅ればせながら、新年おめでとうございます。今年も宜しくお願い

します。

今日は6日、気温は7度で寒い一日となりました。

臨済語録の中の一節をご紹介します。

病、不自身の処に有と言う言葉があります。修行者が悟り

を開く事が出来ない原因(病因)は自らの心を信じることができず。

他人の言葉や外境に惑わされ形式や言葉だけで解決しようとする

からだと臨済禅師が喝破された言葉です。

この言葉通り、不安を生み出す因は、自らの心にあるのです。です

から、現状から逃避することなく真正面に向き合うことで、為すべき

ことを為していく。つまり、世の中の現状(今のコロナ禍も含め)は、

他人のことではなく、正に自らの現状と捉えて、今こそ足を地に付

けた、この目を覚ました生き方をしたいものです。と記されていま

す。

今日は母親の命日。

12月24日(木)晴れ友引 先勝 五黄土星中宮     母親の命日。

今日は24日、世間ではクリスマスイブです。朝マミーを送り出して

ら、洗濯物を干し布団や毛布を日に干してから、長靴・ゴム手袋・

洗車ブラシ・雑巾2枚を用意して菩提寺に向かいました。

駐車場で着替え、バケツに水を汲んで墓に向かいました。墓石を掃

除始めましたが結構汚れていました。他にご夫婦で掃除の来られ

方がありました。挨拶をして掃除を終了。通路を見ると住職が途

中まで落ち葉を掃き集めたようですので、私も初めてお寺さん墓地

通路の掃き掃除をしました。気持ちいいものです。途中まで終わ

らせて時間なので線香とお花を買って掃除したばかりの墓に参って

きました。ジットリ汗をかきました。風もなく良い日でした。

 

 

忙しいと言う字は?

12月20日(日)晴れ仏滅 九紫火星中宮日 師走は忙しいですね。

皆さんのご家庭や知人友人にも関わり合いがあります。

ご家庭でお父さん、お母さんに何かお願いしても「仕事が忙しいか

ら」「今忙しいから」と言う事はありませんか?

忙しいと言う字をよく見ると「心を亡くす」と書きます。忙しい時には

人間としての心を亡くしているのです。どんな時でも心を亡くしては

いけないのです。誰も忙しいのです。暇な人は居ません。

どうぞ人間としての心を失わないように気を付けて下さい。

人のために生きよう。

12月17日(木)晴れ先勝 三碧木星中宮日。

人の為に何かすることは充実感があって満足できます。

今日は、実兄夫婦(90才)を乗せて買い物の手伝いをして来まし

た。

午前10時に行き午後2時まで、あちこち買い物(食料品)に行って

ました。大変喜んでくれました。私も気分いいです。

身近な人でも、その人の為になることは嬉しいもです。

 

個人個人が注意しよう。

12月16日(水)晴れ赤口   寒い日が続きますね。

今年の文字は「密」だそうです。コロナ感染がまだまだ収まりませ

ん。今日もクラスターが発生したようです。病院の院長主催のワイ

ンをたしなむ会だそうです。この院長は何を考えているのでしょう

ね。政府がGO-TOトラベルを自粛した矢先です。茨城県の高校

でも今日クラスターが発生した報道がありました。

何時になったらコロナは収まるのでしょう。各自が注意して感染防

止に努力しましょう。

 

師走に。

12月9日(水)曇り 電話相談が多くあります。コロナで来訪が難しい。

このところコロナ感染問題で電話による相談が増えています。

やむを得ないですね。この師走になっても相談してくると言う事は、

年中に問題を解決しようと考えているのでしょう。出来るだけ悩み

や問題は持ち越さない方がいいですよ。

どうぞ師走になってもご一報ください。悩みや問題を来年に持ち越

さない為に。

若い訪問者。

11月21日(土)晴れ仏滅 二黒土星中宮 待ちくたびれました。

若い男性の訪問客でした。午後1時の約束でしたが着いたのは4時

半でした。午前中の予定を急いでして午後1時に添えました。が電

で道路が混んで若干遅くなるとの連絡でした。3時間半も遅れて

到着です。何度も門口に行き待ちました。待ちくたびれました。

到着した男性はまだ19歳でした。いろいろお話をしてアドバイスもさ

せて頂きました。真面目な青年です。私の話も真剣に聞き一般社会

でも通用するように自分を変えて行きますと言ってました。

来た時の顔と話し終えた時の顔や目つきが穏やかになりましたの

で大丈夫でしょう。(~_~)

まだ本当に若いので、これから正しい生き方をすれば周囲から愛さ

れる人間になること請け合いです。若い人は将来が楽しみですね。

来月又来ると言って19時に帰られました。

訪問予約がありました。

11月18日(水)晴れ 連日冬を感じさせない天候です。 

昨日、男性の方からの連絡があり、是非訪問したいとの事で、今週

土曜日の午後来訪すると決まりました。楽しみに待っています。

久し振りの男性の来訪です。直接お会いして顔を見ながらの相談を

聞くのが一番です。適切なアドバイスが出来ればと思っています。

遠方からの電話。

11月10日、昨日依頼された問題を書面にして送らせていただきま

た。それに対して今日お礼の電話がありました。又、疑問点を質

れましたので、それなりにアドバイスをさせて頂き本人も納得さ

れたはないかと思います。この方は以前、私の所へ訪ねてい

しゃった方です。いろいろ大変のようですが、前を向いて頑張ってい

ます。何時までも応援してあげようと思っています。

好きなことに没頭する。

11月7日(土)晴れ赤口 七赤金星中宮日 風のない暖かな日でした。

気分がムシャクシャしている時は、自分の趣味に没頭することで

す。没頭している時は他の事は何も考えないで集中できるもので

す。

皆さんの中には趣味が無いという人がいますし、増えています。

まず、何か趣味を持つことです。大変大事なことです。迷ったり悩ん

だりした時に、趣味に没頭すればいろいろなことを忘れて集中して

れますから余計な雑念は考えません。

どうぞ趣味を持って下さい。趣味は楽しいものです。

今日も電話相談がありました。

今日午後、漬物を作っているとスマホに電話です。出てみますと若

お母さんでした。子供の問題でした。

いろいろ悩みはありますね。(^^)/ それなりのアドバイスをしてあ

げました。スマホで見つけて連絡くれたそうですが、他は全部有料

談だったようです。そのお母さんも言っていましたが、役所の案内

の相談電話はマニュアル通りの返答や話が固く話しずらいと言って

いました。相談相手となるには、相手の気持ちになって聞いてあげ

る事です。そして相手に合ったようなアドバイスをする事ではないか

と思います。そうでないと相談者が心を開いて話してくれません。

互いに信用し合って初めて心を開いて、しまい込んだ胸の内を話し

てくれるのではないかと思っています。そんなことを何時も心がけて

います。

何時でも悩みや相談があったら電話をくれるように言ってあげまし

た。電話の向こうの笑顔が見えるようです。

 

朝からの相談電話。

11月4日(水)晴れ  常に感謝の気持ちを忘れない事です。

今朝56才の奥様からの電話です。家庭内のお話でした。

どこにでもあるようなお話でした。要は感謝の気持ちを忘れていた

からの問題です。かなりの長電話でしたが、本人はすっきりしたよう

な感じでした。私に言わせれば贅沢な悩みです。

何か悩み事や問題が起きた時には自分を顧みて下さい。周りに感

謝の気持ちで接していたか、我を張らずにいたか、などです。

釈迦は自分に起きた問題悩みで自分で解決できない物はないと

言っています。それは、自分に合った問題だからです。常に感謝の

気持ちを忘れない事ですね。(-_-;)

前を向いて生きよう。

10月23日(金)雨 霜降 朝から雨で静かな一日でした。

どんなお金持ちでもお金持ちでなくても、誰もが悩みや問題を抱え

ているのが現状です。その悩みや問題を話せる友人や家族が居な

いのが又、悩みです。(-"-)

自分に起きる問題は自分で解決できない物はないと言われていま

す。その解決法をアドバイスするのが私の役目です。多くの方に幸

せな人生を送って頂くために働かさせて頂いています。下を向かづ

に前を向いて歩いてみて下さい。幸せは目の前にあるのですから。

どうしても解決できずに困ったときは私に連絡ください。

毎日HPを確認しています。HP来訪者が増えています。21日の日

は200人を超えました。感謝です。あなたの友人知人で問題を抱え

ているような方が御座いましたら、このHPをご紹介下さい。自分が

困っていても他人を救うことになります。あなたが大きな徳を積むこ

とになるのです。

人の為になるように私は無料で相談に乗っています。

 

自分の目的や趣味に生きよう。

10月12日(月)曇り雨先負 六白金星中宮日 元気に過ごすには

友人が来ていろいろな話になりました。人間年をとっても元気に過

ごすにはやはり、自分で何かをしなければならない、とか何かをや

ってみたいとか、何か目標をもって行動すれば毎日が忙しくなりま

す。元気にもなりますね。定年退職して今日は何をしようかな、など

と考えていると粗大ごみ扱いされます。そして、早く老けて元気な同

年代に比べ比較にならないほどの違いが出ます。私はよく姿勢が

良いとか、若いとか、元気がある等と言われます。毎日する事が

いっぱいあって大変なのです。この状況をなるべく保って余生を送

りたいと思っています。来年は80才になります。

皆で元気に日々を送りましょう。

相談者来訪。

9月3日(土)曇り 赤口 六白金星 午前中相談者がありました。

今朝9時半に予約の初めての方が来られました。

24歳の県内の女性です。初めは緊張されていたようですが次第

に打ち解けていろいろお話をしてくれました。自分の宿命の話や、

これからの心構え、結婚するかもしれない相手との相性など、いろ

いろとお話ししてくれましたのでアドバイスや五行相克の話などし易

かったです。最後に、今年は裏鬼門にありますので鬼門除けをして

くるようにお話ししました。直ぐに行って来ますと言う事でお帰りにな

りました。

午後1時の予約の方は今朝キャンセルのメールが届きました。体調

が良くないとの事でした。この方も今年は鬼門にありますので何も

なければいいのですが?

最近は土日の相談が多いです。皆さん休みが土日のようですので

休日を利用しての相談です。当日のキャンセルはなるべく避けて頂

きたいです。初めての方には出来るだけ時間をかけて、話を聞いた

りアドバイスしたりをしたいと思っています.

 

 

 

相談者来訪。

9月19日(土)曇り雨 仏滅 二黒土星中宮日 今日は一日曇雨。

午前中早起きして菜園に行って来ました。

今日は、午後から来訪予約がありましたので午前中作業をして来

ました。午後予定通りご夫婦で3時間もかけて来訪してくれました。

最初に顔を見たときに初めてのような気がしませんでした。御夫婦

共とても良い顔をしている方でした。

私の下らない話ですが素直に一生懸命聞いてくれました。話は尽き

ませんが再度いらっしゃった時には纏まったお話をしようと思ってい

ます。初めての方には、お釈迦様の話はなかなかピンとこないので

もっと分かり易くお話ししなければと反省しています。

来訪されて際にいろいろお土産を頂きました感謝です。合掌。

午後6時過ぎに予定していた友人が来訪し、依頼された2件の問題

をお伝えし後日連絡を頂くことになりました。

今日は楽しかったです。

今日も電話相談が2件ありました。

9月6日(日)晴れ 先勝 六白金星中宮日 台風の影響か

今日も二人の奥様から電話相談がありました。先日3日もやはり

から電話相談がありました。今日の方もブログを見ての相談

です。どの方も必ず本当に無料ですかとお聞きになります。今時相

談無料は珍しいのですかね。(-"-)

とにかく皆が発露して、落ち着いた気持ちになり幸せになる事が一

です。(^^)/

今日も夕刻食堂の奥様がスパゲッティーを作って届けてくれまし

た。感謝以外に何もありません。

今日も感謝の一日でした。

9月2日(水)曇り晴れ雨 一白水星中宮日 先負 また今日も感謝です。

今日はマミーが一日自宅に居られる日です。朝は曇っていたので

すが日中は暑い日差し、夕方になって降雨がありました。

午前中、知り合いの奥様が心配して食事を作って届けてくれまし

た。忙しい中本当に感謝です。

マミーの施設で履く靴を買いに行って来ました。靴を購入してから

スーパーで食料を購入し帰宅しましたが、スーパーを出ると降雨の

あった状況でした。いくらかお湿りになったかなという程度です。

帰宅すると知り合いの奥様が来訪。ジュース・プリン・コーヒーゼ

りー・ヨーグルト等を持参してくれました。今日は休みだったそうです

が感謝以外に何もありません。

毎日が有難く感謝の日々です。

今日の子供の問題ニュース。

8月31日(月)曇り晴れ先勝 三碧木星中宮 登校拒否・不登校について

今朝のNHKの番組「あさイチ」で1時間にわたり児童の不登校や

登校拒否についての問題が放映されていました。

子供の為にお悩みのお母さん方からの質問も沢山ありました。

はっきり言って、お母さん方は自分の子供の様子を普段よく見て

いないと思いました。相談員の方々は、それなりに対応の仕方を

お話していましたが、もっともなお話でした。

偶然にも今朝のサンケイ新聞にも児童子供の自殺者の記事が大

きな見出しで載っていました。

私も不登校や登校拒否の子供さんの相談を多く受けて来ました。

誰一人として克服できない子供はありませんでした。

問題は、その子供さんの話を聞く耳を持っている親が少ないことで

す。親が変われば子供は自然に変わってくるのです。

子供さんにしてみれば悩みやストレスを聞いてもらいたいのです

が、聞いてくれる人が見つからないのです。学校に行くばかりの解

決方法ではなく他も解決方法があることをご検討してください。

自分の子供さんを信頼して、優しく相談に乗ってあげることが大切

です。それでも困ったときはいつでもご連絡ください。

里親からの写真たより。

8月27日(木)晴れ先負 七赤金星中宮日 子猫の写真を見て安心。

5匹の子猫の里親が決まりホットしました。皆さん里親になって頂い

た方は本当に可愛がって育てていてくれます。4人の里親の方々か

ら動画や写真が送られてきました。どの仔猫も元気に各宅に馴染

で元気にしています。何度も写真を見て思い出しながら安心して

います。どの里親にも感謝しかありません。今すぐにも会いに行き

たい気持ちです。皆さんの癒しになってくれればと思っています。

「情」が移ると

7月31日(金)雨晴れ 仏滅  別れは悲しいものです。

今日、2か月と10日育てた子猫との別れです。県西の方が里親とし

て引き受けて頂きました。短い間でしたが可愛がって育てた子猫は

やはり可愛いです。動物も人間も同じです。情が移ってしまうと別れ

は悲しいものです。これで5匹いた子猫は全員里親が決まりまし

た。送られてくる写真が楽しみです。

特に人間は、自分の子供を殺める報道が度々ありますが、動物

下です。動物は自分の子供は命を張って守ります。人間もこれを見

習っていきたいですね。

いろいろな相談や悩み。

7月25日(土)雨 仏滅 四緑木星中宮日 朝は豪雨で心配しました。

早朝雨の音が激しくビックリです。

19日の日曜日には二組の相談来訪がありました。

何はともあれ相談者の殆どの方が自分を知らないのです。

皆さんもっと自分を知って頂きたいです。自分がどんな星の下に

まれて来たか、どんな因縁を持っているか。などです。

人は自分で生きているのではなく宇宙の真理に生かされているの

です。そして、因果の法則をしって下さい。何事も原因無くして結果

は無いのです。それを知れば自ずから解決できるのです。どんな問

題も悩みも自分に合った事しか出てこないのです。

お釈迦様は言っています。自分に起こる問題は自分で解決できな

い物はない。と、もっと自分を知ることが大切です。

自分を知る方法が分からない方はご一報ください。

逆境の時の生き方。 禅とは何か-5- 「百歳の禅語」より

終戦の時の外務大臣、広田弘毅さん戦犯として死刑に処せられま

した。この方がオランダへ左遷されたときの言葉、広田さんは狂句

が得意だったそうで「風車 風が吹くまで 昼寝かな」と吟じたそうで

す。広田さんは決してゴロ寝をしていたわけではなく、その逆境の 

なか自分も動き、部下を動かして外交的ないろいろな情報を集め

勉強したのです。そして中央に戻りソ連の大使になった時に、この

逆境の時の勉強が彼を大成させたのです。

人間は逆境の時をどう生きるか、これが勝負ですね。その逆境の

時に愚痴を言ったり不平を言ったりしていたら、人生の敗者にな

る。その逆境の時に、それを縁として自分を築き上げて行く。

このような事が、「心頭滅却すれば、火自ら涼し」という事から学び

取れるのです。

結論的に言いますと、逃避せず、断念することなく、じたばたせず

静かに沈潜して、その環境の持つ意味と価値を見つける努力をす

るなら、そこに新しい人生が開けるという事です。

 

自分の宿命を知ることが大事です。

相談に見える方々の殆どが自分を知らないで行動しています。

あなたは自分を知っていますか?自分の事は自分が一番知ってい

る、と思うでしょうが実は何も知らないのです。私の所で自分がどん

な宿命を持って生まれてきたか?をお話ししてあげますと、どんな

でもウーンと言って話を聞こうとします。自分を知らずに行動する

と色々な弊害を生じます。自分の宿命を知って行動すればあまり問

題は起きません。あなたも自分の宿命を知っておいた方がいいで

すよ。

宿命には良いことも良くないことも記してありますが、良くないことは自分

で注意する事です。

宿命は変える事は出来ませんが、運命は変える事が出来ます。

禅とは何か -4- 煩悩はコントロールできる。「百歳の禅語より」

煩悩はなくせないがコントロールできる。と言っています。

煩悩は断滅できないのです。生きている限り、煩悩は無くならない。

死ななければ煩悩は無くならないのです。

煩悩という言葉は悪いもののように思いますけれども、わたしたち

が生きて行くという事は、生命欲という欲望があるからです。

それがなかったら人間は生きていることはできません。ですから煩

悩が悪いのではなく、煩悩の処理の仕方に問題があるのです。

そこでサンスクリットの原語(漢訳)では、煩悩をコントロールする事

が出来ると言われています。

欲しい、憎い、可愛いといった煩悩のままに動いていたら、人間は

自滅してしまう。だからこそ煩悩をコントロールしてプラスにするとこ

ろに、真実の生きがいがあると思うのです。

煩悩のコントロールは今日の大切なテーマです。煩悩はなくすこと

はできないが、コントロールすることはできる。

だからコントロールされた煩悩を持つということが理想の人間の在

り方でしょう。ここに漢訳の味なところがあるのです。

と言っています。

 

禅とは何か。-3− 逆境の中に安らぎを得る。「百歳の禅語より」

『碧巌録』の中で「心頭滅却すれば、火自ら涼し」の部分を易しい日

文に直すとこのような話になります。

例えば夏の甲子園の高校野球です。甲子園には冷房設備はありま

せんので大変熱いです。観客は誰も「涼しい」なんて言いません。

「暑い暑い、暑い暑い」と言っていますが、野球を見ているときは暑

くても苦にならない。冬のスキー場も同じで「寒い寒い」と言いなが

らスキーをしている時は誰も「寒い」とは言いません。ということは、

「好きなことをしていれば暑さ寒さが苦にならない」ということになり

ます。それだけではなく、どのような環境にあってもそこから逃げな

い、逆境から逃げずに、暑さ寒さの苦悩に同化し、溶け込むので

す。それが日常生活で大事な事なのです」という結論になります。

誰も自分の心境にあてはめて考えると、嫌な事、苦しい事から逃げ

たら、どこまでも苦しみがついてきます。その苦しみや悩みに打ち

克つためには、その悲しみや苦しみに同化し、成り切り、徹すること

が大切なのです。そこに心の休まる場があるのです。

悲しい時には思い切り泣き、苦しい時にはウーンウーンと苦しんだ

らいいのです。

禅とは何か? ー2−  「百歳の禅語より」

「比べない」のが禅の思想。(前頁より)

正しくは「心頭を滅却すれば、火自ら涼し」です。「心頭を滅却すれ

ば、火もまた涼し」は誤りです。

禅の思想にはものを二つ比べるという考えはないのでこれは誤りで

す。二つ並べて物事を比較すると、どうしても自分の選んだ事物に

執着して、やがては苦しみや悩みのもとになるからです。ですから

「比べる」ということは禅ではタブーです。

現実でないものと比べて悩んでしまうと、必ずそこに苦しみが出て

来ます。「火自ら涼し」の「自ら」ということは「火そのまま」なのです。

火が水になったり、火が涼しくなるような、そういう魔術ではなく。

火が熱い(暑)いままに涼しい、ということです。

 

今日も又、差し入れがありました。

6月4日、今日も又知人の奥様がカレーライスと煮物を旦那さんが

作ったのでと持参してくれました。また、長女にもとモンブランケー

キ、餃子、煮物を持ってきてくれました。

菜園から帰って疲れていたので大変助かりました。昨日御裾分けし

たスナップエンドウ・ソラマメ・胡瓜のお礼を言われました。

早速、今夜の夕食に頂きました。美味しかったです。今日は帰って

からキュウリもみを作りました。我が家では酢を使いません。自家

製の梅酢を使ってのキュウリもみです。美味いですよ。

 

「禅」とは何か、について再度読本。ー1− 「百歳の禅語」より

「禅」については禅語の話を記していますが再度、禅に対する著書

読んでみたいと思い開本しました。今回の著書は松原泰造氏の

で「人生を癒す 百歳の禅語」です。

その1。

第一章 逆境から逃げてはいけない

                 心頭滅却すれば、火自ら涼し

禅とは何か?

サンスクリット(梵語)の方で「ゼンナ」と言っていた。その「ゼンナ」

の発音で当て字をして「禅那」、略して「禅」と表現しました。

「ゼンナ」という言葉は本来、「心を安定する」という意味がありま

す。そういうところから始まって、中国では哲学的な禅思想に進歩し

ました。そして禅という言葉は単に心を鎮めることではなくて、人間

の本心そのものだというところまで考えて、「禅とは心の名なり」と

いったような定義が出たわけです。心は目に見えないけれども、そ

の心というものを中心として、禅は発展してきたのです。

禅の開祖は有名な達磨大師(だるまだいし)達磨さんです。

この達磨さんがインドから禅の思想を中国に伝えたのです。達磨さ

んの説明によると、禅とは不立文字、「文字を立てない」ものである

と。文字を立てないということは文字を否定するものではなく、文字

にとらわれないということです。

何にでも興味を持とう。

興味を持つという事は大切な事です。周りでは物好きなどどいいますが、物好きに

なる事がいい事です。そして挑戦してみる事です。成功にしろ失敗にしろ達成感は

何事にも代えがたいものです。その都度、人間の器が大きくなるものです。

自分の将来の事を考えるならば身近な事に興味を持つことです。

ステイホームはこのチャンスですよ。

自分を見つめ直す。

コロナ問題で世の中は騒然としてステイホームが叫ばれ、何かとして今までと違う

感じを経験しておられると思います。毎日子供や夫と過ごすことを苦痛に感じてい

方も多いでしょう。又、何処へも出掛けられない状況でイライラが溜まって爆発

しそうな方もいるでしょう。

自分の問題は自分で解決できない事は起こらない。と言われます。よく何か自分に

問題が起こると、他人のせいにしたり物のせいにしたり、会社のせいにする人が

ますが、その前に冷静になり自分を見直してみましょう。自分の行動、言動、先

入観など振り返ることが大切です。対人関係は以心伝心です。

色々な事を省みて対処してみて下さい。そして楽しいステイホームを送ってください。

自分と家族・夫との関係を見直すチャンスです。

今日もまた感謝感謝です。

昨日の晩、いつも差し入れしてくれる食堂の奥様が筍御飯・筍の煮物他を持参して

くれました。とても美味しかったです。いつもいつも自分の健康を心配して差し入

れしてくれる奥様に感謝感謝です。

今日は、暫くぶりでの友人が夕刻来てくれました。忙しいようで、あまり長居はし

ませんでしたが、久し振りにお話をして良かったです。

コロナ問題の今日この頃ですが、来訪して頂く方は絶えません。感謝感謝です。

有難い事ですね。

5月6日(水)雨曇り 大安 四緑木星  人には良くするものですね。

昔、自社に働いていた職人さんが昨日養鶏場で購入したと言って卵を持って来てく

れました。親方が体調ぐずしたら大変だからと言って届けてくれたのです。

本当に有難かったです。(^^)/

彼が働いていた当時は、私も一生懸命仕事をしながら彼を指導しました。やり過ぎ

たこともあったと思いますが、現在彼が親方に仕込んでもらったお陰で、仕事が出

来て独立することが出来ました。と言ってくれた時は本当に嬉しかったです。

どんな時でも人には心から愛を持って接することが大切ですね。

本当に嬉しかったです。

 

 

心を亡くさないようにしましょう。

毎日忙しく動いている皆さん、子供の事・旦那さんの事や家族の事でイライラしな

がら毎日を送っていませんか?

「忙しい」と言う字は「心を亡くす」と書きます。心を亡くすと一生懸命していて

も相手に伝わらないことが多いものです。「忙しい」と思っても相手をいたわる心

は無くさないでくださいね。

わざわざ来てくれました。

今日夕方、市内の奥様からメールが入り「今から行きます」との連絡がありました。

間もなくお出でになりました。何か困ったことの相談かと思いましたが、違ってい

ました。友達とお茶した時に友達の自宅の塗装の話が出たので私を紹介したとの話

でした。明日連絡をくれるので宜しくとの事でした。いろいろその他の話をしてお

りになりました。有難い事で感謝感謝です。昨年この奥さんの家を塗替えを段取

りしましたので紹介下さったそうです。今日が誕生日と言ってましたので家族で誕

生祝をする事でしょう。



最近の相談に思う事。

最近、メールや電話での相談が増えています。その中で私が感じる事は相手を理解

してない事と、自分を知らない事です。自分がどんな星の下に生まれて来たのか、

相手がどんな星の下に生まれて来たのか、が分かれば問題の解決は簡単です。相談に

お見えになる場合、メール、電話での相談でもまず、生年月日、お名前を必ずお知ら

せ願います。あなたがどんな宿命を背負って生まれて来たかを知れば問題は解決でき

るものです。あなたは自分を知っていますか?

楽しい相談。

今日は生まれてくる子供さんの為に、いい名前を付けたいと母娘が来訪しました。

今度も男の子だそうです。長男の時も名前の相談に来ているそうです。

いろいろな名前を考えて来たようですが、なかなか難しく決めかねていました。

画数などで色々アドバイスをさせて頂きましたが、こんな相談は楽しいものです。

主人と相談して決めたらまた来ますと言ってお帰りになりました。楽しみにしてい

ます。楽しい時間を過ごすことが出来ました。有難うございます。

無事健康な子が生まれてくることを祈っています。

よりどころとしての役割。

いろいろな相談電話があり、この「心のよりどころ」が本当のよりどころとなって

たことを感じて嬉しく思います。このところ、話を聞いてもらえますか?という

電話が多くなってきました。という事は、自分の悩みを聞いていただく友人や知り

合いが無いのでしょうね?いろいろと心のうっ憤を発露して気分が楽になるのでし

ょう。終わりには笑顔と明るい声がうかがえます。必ずまた電話していいですか?

と言って終わります。何か心に思っていることがあれば遠慮なく電話下さい。

きっと心が晴れますよ(^^)/

研究会仲間の親切さ。

23日に群馬県の薬師温泉で研究会が開催されました。今年は群馬県が幹事です。

11時に幹事の店の会議室で研究会の発表が始まりました。今回のメインの話題は

見川稲荷神社の常夜灯の補修についての発表でした。

奥様方は幹事の家で一年ぶりの交流会をしていたそうです。私の家内は要介護3です

が、皆さんの手助けで一緒に交流したそうです。どの奥様も親切明快な方ばかりで

が下がります。私は毎日家内の介護をしていますが、この時だけは、解放されて

会議に集中出来ました。

4時過ぎに薬師温泉に到着し皆で懇談しました。幹事は、わざわざ、足の不自由な家

内に気を遣ってくれてお風呂付の部屋を用意してくれていました。懇親会の席でも

奥様方が何かと家内の面倒を看て頂き楽しい一時を過ごすことが出来ました。今回

で家内の参加も最後となるような気がしますが、今迄、沢山の楽しい思い出を作っ

て頂き感謝感謝です。良き友人を持った家内は幸せ者です。

奇特な方。

マミーを車に待たせて作業をしてきました。見川稲荷神社の常夜灯の補修です。

午後1時40分にリハビリハウスに迎えに行き、そのまま、現場に戻りマミーを待た

せての作業です。氏子の方がお付き合いをしてくれました。午後2時半頃氏子の方

が、菜の花・フキノトウを持って来てくれました。有り難いです。感謝感謝です。

補修工事の今日の工事は終了しましたが、その時までお付き合いをして頂きまし

た。本当に有難いことです。奇特な方です。

帰宅して早速、菜の花を、茹でお浸しを作り食しました。春を感じる食です。

毎日が日曜日の老々介護。

毎日が日曜日です。3年前に13年前のクモ膜下の後遺症が発生し、2年前、急遽

マミーが薬害性痴ほう症と診断され、それ以来老々介護の毎日です。掃除・洗濯・

い・菜園仕事・猫3匹のめんどう等と毎日が忙しく動いています。時々塗替え工

の依頼があったりとして何かと忙しく過ごしています。一番大変なのは、やはり

ーの面倒見です。食事の用意などは元々料理は好きなので、あまり苦になりま

せん。マミーと猫3匹の面倒見がやはり手が掛かります。何とか自宅介護を続けた

いと思っていますが、時々自分の気持ちが滅入ってしまう時があり、自分がダメに

なったら誰が面倒見るかを考えると、施設に預ける事が一番の解決方法ではないか

と思うこの頃です。今週はショートステイで一週間の予定で老人ホームへ行ってい

ます。自分一人になると何かにつけ寂しい気がしますが、これが現実ではないかと

思っています。もう少し頑張って見ます。

「ガン」について。

なぜ「ガン」になってしまったのか、が問題です。

この病気の原因は、お経文の「諸苦の所因は、貪欲これ本なり」という言葉があり

ます。この一節が私たちに教えてくれているのです。この「貪欲」とは、物欲の事

で、しかも身勝手な欲の事です。これが過ぎると、いろいろな苦が生まれてくるの

です。つまりガンになる人は欲の深い人のようです。

「ガン」という字を見て下さい。「癌」という字は「品物を山ほど積む」と書きま

す。品物を山ほど積むのはヤマイダレの中、つまり館の中という意味です。

だから、家の中に自分に不相応な物をたくさん買い込んでため込んでいる人は危険

です。また、自分のやり方に固執してガンコになってしまっている人も要注意で 

す。

自分に相応した生き方や欲ならばいいのですが、偏狭な考え方や物に固守したりす

る人が危ないのです。でも人間には誰でも欲はあります。自分の器に合った欲をか

くのは良いのですが、「自分の器」に入りきれないほどの欲をかくと、これは貪欲

になってしまいます。

「自分の器」に溢れるほど、何でもかんでも自分の物にしようと欲かきすぎると駄

目です。

ピンチをチャンスに。

人間、苦があるならば、そこには必ず原因があると。その原因は、自分に執着して

自分中心に考えているような人には分からないのです。

自分の損得勘定から離れて周りを見渡せば、そこには、その人はやらなければなら

ない、苦の元を滅するための何かがあるはずなのです。切羽詰まって窮地に追い込

まれたらあたふたせずに、このピンチをチャンスに変える工夫が大切です。

それには自分にあまり執着せず、まず自己の反省、懺悔(ざんげ)が大切です。

自分を中心に何事も考える人は要注意です。周りの人や、目の上の人々の意見をよ

く聞事が大切です。

発露せよ。

自分の心のわだかまりは、発露することで半減すると言われています。

相談できる知人や友人に自分の思っていることを、悩みを、自分の口から発して聞

いてもらう事です。が、現代はそのような友人知人が少なくなっているのが現状で

す。発露したくても聞き入れてくれる人が少ない、または、無いのです。

これは、普段からのコミニケーションの不足からです。皆、利己主義となっている

事が原因です。「隣の人は何する人ぞ」と言う言葉があるように他人の事には関心

を持たない、自分が良ければ他人はどうでも良い、と言うような風潮です。

その結果、うつ病や引き籠り子供は登校拒否、精神疾患等になる人が増えてしまう

のです。自分の口から発露してしまうと悩みは半減するものです。

私の所へ来られる方々は、皆さん来られた時と帰る時の顔が違います。それは発露

することで心のわだかまりが半減、全快するからです。

話を聞いてもらえる友人知人が居ない方はどうぞ遠慮なくご一報ください。心のわ

だかまりは一日も早く解決することが、あなたの人生の未来を明るくします。

あなたも徳を積んでみませんか?

よく仏教の教えの中に「徳を積む」という事が言われていますが、これは

宗教に関なく人間として生きてゆくうえで大変大事な事です。

私の所へ相談に見える方の殆どがこの言葉をわかっていません。又、徳

を積む前に謝の心を切り離してしまうことは出来ません。

感謝の心=徳を積む となります。

では、「徳を積む」の意味は「自分の欲得を考えず人の為にする事」です。

この話すると、どうして徳を積めばいいでしょうか。と言う質問がありま

す。徳を積むチャンスは手短なところにあります。

例えば、電車やバスに乗っている時、年寄りが近くに居たら席を譲るとか、

荷物を持ってあげるとか、これが特に繋がるのです。これは職場やご近所

の生活にも当てはまるのです。この行為は根底に感謝の心がある事で

す。困りごとや人眼関係の悩みなどで相談に来られる方のほゞ100%が

この感謝の心、気持ちをわすれていることです。人間は、感謝の気持ちを

忘れていると色々な災いが身辺に起こるものです。

あなたの御両親の組み合わせが違っていたら、あなたはこの世に存在し

ないのです。どんな御両親であっても、御両親に感謝しなければなりませ

ん。現在生かされている事、働ける事、美味しいものが食べられること、

お茶やジュースが飲めること、すべてに感謝の気持ちを持つことです。

この感謝の気持ち心があれば、徳を積むことは簡単です。

ですから、感謝の気持ち=徳を積む となるのです。あなたも感謝の気持

ち心を忘れずに人生を送ってください。全て上手くゆきますよ。(^^)/

禅語・・無功徳。

やすらぎの禅語より  「無功徳」 見返りなんていらない  虚堂録 

達磨大師はインドから中国に渡って禅法を伝えた聖者であり、嵩山の少林寺に入り

面壁九年の坐禅をした方としても知られています。

達磨が「無功徳」と言ったのは、たとえ善事善行をなしたとしても、あれもした、

これもしたと言って見返りを求める心があれば、真の善行ではないと諭すためでし

た。信心や信仰は、ご利益を求めて行うものではないし、功徳を求めて寄進してい

るうちは、真の寄進とは言えません。

「あの人には××してあげたのに」という愚痴が出るとき、私たちの心の中には、

らかの期待が渦巻いています。期待をするから、何か裏切られたようにな気にな

て愚痴になるのです。善いことをしたなら、それで十分。見返りなど最初からな

いものと思っていれば、ストレスの元が一つ減ることは間違いありません。


この前後を読んで私もハッとしています。ストレスが一つ減りました。

禅語ー好事不如無(こうじもなきにしかず)

好事不如無(こうじもなきにしかず)  欲望は果てしない。

好事とは文字道理好きなこと、楽しい事で誰もが望んでいることです。

この言葉は、好事を否定するものではありません。好事を追い求めるあまり、周り

見えなくなってしまう心の弱さを戒めるのが「好事も無きにしかず」の教えで

す。

私たちは好事があれば、そのことに執着しがちです。執着すれば、さらに好事の多

ことを求めるようになります。

沢山のお金を手に入れれば、それが手放せなくなる。

贅沢な暮らしに慣れると、質素な暮らしには戻りたくない。

手に入れたものを守るのに必死になって、疑心暗鬼に陥り、まわりの人との関係も

ギクシャクしてくる。好事のために心がとらわれ、執着のもとになるくらいなら、

いっそ捨ててしまったほうが良い、という事です。

このの禅語にはもう一つ、悪い事や凶事を憎まないと言う意味があります。

人生には良いこともあれば、悪いこともあります。「よいこと」だけを拾い、「悪

いこと」を避けて生きることは、残念ながらできません。

禅の世界では、好事の分別を捨て、好事も悪しきこともあるがままに受けとめることを良し

とします。何事のにも捉われなければ、好事は好事として否定せず、、捨てることもない。でも、自

分からは求めない。あればあったらいい。心穏やかに生きるには自然体がいちばん、という事です。

新年おめでとうございます。

令和2年1月1日の良き日を迎え、皆さまおめでとうございます。

今年も宜しくお願いいたします。

本年も、なお一層自己啓発に努め皆様のお役に立ちたいと思っています。

禅語・・「夢」

 夢ははかないものか?                  やすらぎの禅語より 

仏教では、「いろはの歌」の「色は匂へど散りうるを」(美しく色か漂う花も、やがて散

ってしまう)に表されるように、世の中すべての現象は、実体のない仮の姿(仮相)で、

夢幻のようなものという諸行無常の思想があります。

その実体のない仮の姿、仮の世を、私たちは真実だと思い、永遠に続くと思って執着して

いますが、それははかない夢幻、泡影のようなもの諭しています。

一切有為法 如夢幻泡影 如露亦如電 応作如是観(いっさいのういのほう むげんほう

ようのごとし つゆのごとくまたかみなりのごとし またかくのごときかんをなすべし)

この世の一切の事象は、夢幻のようで、泡のようで、影のようだ。露のようで雷のよう

もある。迷いの多い生活から目覚めるためにも、この世のすべてを夢と知れ。

禅語としては沢庵禅師の辞世の「夢」が良く知られています。

沢庵は「夢」の字を大書きし、横に「是もまた夢、非もまた夢、弥勒もまた夢、観音もま

た夢、仏云く、正に是のごとき観を作べし」と書いたのち、亡くなられたと言われていま

す。つまり沢庵は、一切の事柄は夢であり、すべての執着から脱却した状態にあると言っ

たのです。

禅の言葉は難しいですが「なるほど」と思われることが多いですね。(-_-;)

人の為にすること。

12月9日(月)曇り 大安 八白土星    人の為に何かする事は大変です。

アフガニスタンの人々を救うために、人生を掛けて奉仕してきた医師の中村さんが

遺体で今日帰国しました。医師でありながら水路建設の土木工事をし66万人のアフ

ガニスタンの人々を救ったと言う偉業を成し遂げて来ました。まだ道半ばで本人は

さぞかし残念ですだったでしょう。心中をお察しいたします。ご冥福を祈ります。

立派なNPO団体の偉業でした。どうか中村さんの遺志を引き継いで、これからもア

フガニスタンの人々のためにこの偉業を続けて頂きたいものです。

他人のために何かをするという事は大変な事です。誰もが奉仕の精神を持って人の

為に奉仕すれば世の中和気あいあいなのですがね。私も残りの人生人々の為に頑張

ろうと思っています。


持つべきものは友人ですね。

今朝12月3日、新潟県堀之内から友人が駆けつけてくれました。例の石造りの常夜

灯灯篭の補修工事について、技術と知恵の応援をお願いしていましたので来てくれ

たのでした。現調して、色々アドバイスをして頂きました。特殊な樹脂などを送っ

てくれることになりました。こんな面白い仕事はお金に変えられないと言って笑っ

ていました。

たまたま神社関係の方が居られて、話しているうちに私を知っていると言うのでビ

クリしました。又その方は、新潟県出身と言って友人と話が盛り上がりました。

これま何かの縁でしょうか(^^)/。、その他に神社本殿の外部の手摺や床板(欅)

の塗装の相談を受けました。内子代表に言っておくから考えて欲しいと言われまし

た。真面目に生きてきたことを実感しました。(*_*)

やはり持つべきものは友人ですね。そして真面目に生きることですね。(^^)/

今年最後の月を迎えました。

今日は12月1日です。今年も色々な事がありました。いろいろな相談も沢山ありま

した。皆さん、今年やり残したことがありましたら、残り30日ありますので悔いの

ないようにしましょう。私も残りの日々を皆さんのために頑張ってアドバイスさせ

て頂きます。12月の初めに晴天に恵まれて良かったですね。でも明日は雨が降りそ

うな予報です。これからが寒くなってきますので体調管理に留意しましょう。

差し入れありました。

11月30日(土)晴れ 友引 八白土星  近くの奥様が来訪してくれました。

昨夜の8時ごろ電話があり、近くの奥さんが来るということでした。マミーはもう

寝ています。奥様は、差し入れのお惣菜を4品ほど作って持って来てくれました。

感謝感謝です。お父さんが具合が悪くなったら大変だからという事で持参したとの

事でした。私も家事を始まって3年になります。3年間も良くやってこられたね、と

感心していました。私としては特に苦痛に思っているわけではないですが、他人か

ら見ればそう思うのでしょうね。時には何もしたくない気分の時があります。その

時は自分の気持ち通りに過ごすようにしています。ストレスも溜まりますが、その

時は自分の好きな事に集中して解消するようにしています。菜園仕事や日曜大工・

庭の手入れなどです。ドライブも時々しています。

皆さんが、いろいろと、気遣いしてくれますので本当にありがたいです。

娘(次女)が結婚。

私自身やマミー・姉や孫は次女が結婚するとは思っても居ませんでした。

結婚すると言う話を聞いたときはビックリ仰天、青天の霹靂の感じでした。もちろ

ん結婚すると言っても年齢が年齢なので、相手は再婚の人だろうと話していまし

た。

新郎は長女と同じ年で、外資系商社の部長職です。年に何回かアメリカやカナダに

出張しているようです。京都出身の好青年です。私としては結婚して幸せになって

れれば何も言うことはありません。11月23日に東京神田の教会で結婚式を挙げま

した。娘と手を組んでバージンロードを歩くなんて考えても居ませんでしたし、音

に合わせてゆっくり歩くことは難しかったです。(^^)/

新郎の御両親や兄弟の方も穏やかな方々で安心しました。

縁は異なものと言いますが、何歳になっても必ず誰にも縁はあるものです。これで

親の役目を終わることが出来ました。チョット寂しい気持ちはありますけどネ。

これから残りの人生を今まで以上に謳歌しようと思っています。

先輩の逝去。

若いころから公私ともにお世話になった大先輩です。85才で亡くなりました。残念

念です。宗派は時宗でした。生前から面倒見の良い楽しい人柄だったので、きっ

と極楽浄土へ行けることと思って焼香してきました。本人はこの世に居なくなって

もその人柄や行いは語り継がれるものです。生きているうちは人の為に何かしたい

ものです。

人間は死去すると現世での行動は全部忘れてしまうそうです。そのためにあの世

行ってその償いをさせられるそうです。出来るだけ現世においては、正しく人の

になるような行動をしたいものです。

やはり一人では生きて行けません。

今日、普通では考えられないような依頼がありました。

170余年前に建立された神社の灯篭の再生補修です。屋根の部分が落下し二つに

割れてしまったので軽い発泡スチロールで再生できないかとの話です。私が発泡ス

ロールなどで色々加工している事を知っての依頼です。

今日、現調に行って来ました。かなり風化劣化しています。群馬の仲間に連絡した

ところ作成できるから心配ないとの返事を頂きましたので、早速現調依頼して見積

もりをするつもりです。170余年前の再生補修です。ワクワクしています。

やはり仲間や友人は大切ですね。

一人ではどうにもならない事でも友人知人の知恵と技能で何とかなるものです。

常に感謝の心を持ってお付き合いをすることが大切ですね。


お隣の菜園の耕耘。

今朝は、菜園隣の木村さんの菜園の耕耘を約束していましたので出かけて行きまし

た。朝食をマミーと菜園でしてから、指定された場所を耕耘しました。

2時間ほど掛かりましたが無事終了することが出来ました。他の農家に人に依頼して

いたのですが、来てもらえなかったようです。木村さんはたいそう喜ばれて、サツマ

イモとカボチャを頂きました。

人の困っていることを手助けできることは嬉しいことです。今日も徳を積めました。

隣同士物々交換。

今日、午後から一人で菜園に行って来ました。ソラマメの苗を植えに行き、ついで

除草をし芽吹きしたホウレン草に肥料を施してきました。隣の年寄りも作業に来

ていました。キャベツの収穫が終わった所を石灰窒素・鶏ふん・堆肥を撒いて耕耘

しました。ニンニク・ラッキョウの除草と表面の土を耕しました。

帰りに隣の菜園によってキャベツを御裾分けしてきました。交換に白菜を一株頂い

て来ました。菜園の耕耘を頼まれたので明日耕耘することにしました。隣同士で情

報を交換したり、互いに耕作していない野菜を交換したりしています。お互い様の

気持ちがコミュニケーションを生み良い関係を保っています。

最近は、隣同士のお付き合いも無くなってきたような、サツバクとした世の中です

が自分の心がけ次第で良い関係を築くことが出来ます。

貴方もご近所や職場での関係を良くして、快適に過ごせる環境を作りましょう。

冥福を祈りながら。

数十年前に亡くなった、秋田犬のジミーをお骨にして笠間市にあるペット霊園に預

ています。

今年も管理料を納めに霊園を訪問しました。線香をたむけて骨壺を確認し手をかざ

して冥福を祈ってきました。例年ならマミーと一緒に山栗を拾いながら行ったもの

です。数十年経過すると殆どのペットの骨はまとめて合同墓地に移されてしまいま

す。可愛がっていた犬なので、合同墓地に移されるのは可哀想なので私は現在で

管理料を支払い保管をして頂いています。私が生きているうちは続けたいと思い

す。

人は誰でも幸せになるために生まれてきたのです。

「人は幸せになるためにこの世に生まれてきています」。

しかし、その一方で、
「安楽な人生を送るためにこの世に生まれてきた人は一人としていない」のもまた

 事実です。

全ての人が、自分の「前世」で親に「どうか今の世に行かせてください」とお願い

してこの世に生まれてきているのです。  


人は、この世に、思い通りにいかないことに巡り会い、つらく、苦しい思いをする

ためにやってきているのです。

また、この世にやってくるにあたり、自らの人生で起こることの多くを自ら決めた

上でやってきているといわれています。

思い通りにいかない、つらく、苦しいことは誰が決めたわけでもなく、自分でこう

しようと決めたことばかりなのですね。


人は過去に幾度もこの世での人生を送っています。「輪廻転生」ですね。

そして、以前に失敗したにも関わらず、気づきがないがために何度も同じ失敗を繰

り返してきているのです。「宿業の余罪重障にして」ですね。失敗の繰り返しで

す。

その多くは、これまで生まれてきて超えられなかった課題であるようです。    

なぜかというと、この世にやってくる前にいたあの世というのはとても安楽な世界

なんです。「極楽浄土」大概のことが思った通りになります。しかも思うとすぐに

叶い目の前に現れます。

この世とはまた全然違うんですね。

しかも、そんな安楽な世界からこの世に無理やり連れ込まれてきた人は一人として

いません。辛く悲しいこの世に生まれてきたのですから止むを得ません。これが人

生です。

幸せになるために努力する他ないのです。   

 

 

  


あなたは何を信じてますか・

悩みの相談に来られる方々の中に、聞く耳を持たない方・言われたことを実行しな

い方があります。はっきり言って、その方々は今迄悩みを解決できた方はおりませ

ん。困りごとで、藁おも掴む思いで来られるわけですから相手の身になって、こち

お話やアドバイスをするわけです。人は「聞く耳を持つ」ことが大切です。

あなたは何を信じてますか? 何を信じてよいか分からずに相談に来られるのです

から、相談相手の言葉やアドバイスをしっかり聞いて信じて実行することが大切で

す。昔から「信じる者は救われる」と言う言葉があるように信じることです。

生き物全ては自然の摂理の中に生きているのです。自然の摂理を信じてみることも

生きるための知恵ではないでしょうか。


有難う御座いました。

水戸の水害状況が報道されて皆さんにご心配をおかけしました。お陰様で我が家は

水戸でも高台にありますので洪水の心配はありません。長兄の家は那珂川縁ですの

で大雨の度に心配です。やはり住まいは高いところがいいですね。

この度は大勢の皆さんから、お見舞いやご心配の電話をいただきまして有難うござ

いました。まだまだ被害に遭われ復旧の見通しのつかない地方の皆様にお見舞い申

し上げます。



日本列島台風被害。

台風19号の本土直撃により列島全体に被害を被っています。あちこちで洪水の被害

が出てマスコミは朝から台風被害の報道です。被害に遭われた地方の方々にお見舞

申し上げます。それにしても今回の台風は大きく被害も甚大です。

我が長兄の家は那珂川の堤防のすぐ下のあります。避難勧告によって我が家へ夫妻

避難して来ました。急に4人と3匹で賑やかになりました。今夜は料理の腕を発揮

できそうです(^o^)/

皆さんからのご心配電話に感謝・感謝です。我が家は水戸でも高台にあるので洪水

の心配はありません。

今回の台風による被害は全国的で甚大でした。今年はもうないでしょうね。台風は

たくさんです。

観音の教え。「足ることを知る」

「足ることを知る」と言う贅沢な英知。

欲望は社会を進歩させます。すべての欲望を満たそうとするエネルギーが無ければ

人間は進歩しません。しかし、その欲望を満たそうとする一方に、その欲望を満た

すことのむなしさを知っていないとどうなるか?

それが、まさに肥りながら痩せていく現代人の姿ではありませんか。海は汚れ、生

物たちは滅び、自然を奪いつくされた荒涼差の中に放り出された私たちの姿ではあ

りませんか。

欲望を満足させることも、それは容易な事ではないけれども、足ることを知るのは

もっと難しいことです。ひたすら、経済の高度成長を念じ、物質の豊かさのみを追

求してきた事によって、生じたのが現代のむなしさ、心の荒廃だとするなら、現代

文明に感謝するとともに、文明を文明たらしめる、さらに大きな眼を開く”そのと

き”が”いまです”。今こそ考えるべき時です。 

私は、テレビや新聞で報道されている地球環境の問題をも思い出されました。


観音の教え。むなしさからの出発。

人は、むなしさからの 、出発が大切です。

私たちにとって、現代は、どうにもこうにもむなしくてやりきれない時だ、と感じ

たらこの時から、まず「照見(しょうけん)」する(自分を見つめる)ことからス

タートします。

人間、生まれてきても、どうせ死ぬ。だから、人生なんてむなしいものだ。花は美

しい、しかし、やがて散る。だから花なんてちっとも美しくないし、むなしいもの

だ・・・・ここで終われば、単なるニヒリズムです。この厳然た る事実を踏まえ

このニヒリズムをもう一度空(くう)じて、逆転して、たった一人しかない自分、

たった一度しかない一生を生かし切ること、美しいものは美しいと知ること、それ

が本当の「空しさ」を知った悟りです。十一面観音、左手に軍持、右手に数珠持つ

この観音は多くの霊場で祭られています。軍持手は全ての欲望を満たすサイン、数

珠は煩悩を断つサインです。一見この矛盾する二つのサインを出して、観音さまが

言おうとされたことは何か、すべての欲望を満たすと同時に、そういう欲望のもと

となる煩悩を制し、整理する----------つまり“足ることをを知れ„ということが第一

す。   と説かれています。

 

秋の彼岸。

9月20日は秋の彼岸の入りです。23日は彼岸の中日(秋分の日)です。

彼岸とは春と秋の2回、春分・秋分の日の前後7日間を彼岸と言います。この日は、

祖先の霊を供養し、墓参などが行われますが、彼岸の本来の意味は、七日間にわた

って行われる法会(彼岸会)の事です。彼岸の頃になると、寒・暖ともにようやく

峠を越して「暑さ寒さも彼岸まで」の言葉通りにしのぎやすくなってきます。

彼岸の名称は、仏典の到彼岸(波羅蜜多と言う梵語の漢訳)から来ています。

現実の生死の世界から煩悩を解脱し、理想の涅槃の世界へ至ると言う意味です。

恒例に従ってご先祖の墓参りに行きましょう。

電話相談。

このところ9月に入って心の悩みの電話相談が増えています。皆さん悩みを発散する

場所や友人がなく、一人悩んでいる方が多いですね(-"-)

皆さんお話し中は涙声だったり、途中で泣いてしまったり、とする方が多く見受け

れます。しかし、話が終盤に入ると次第に声が明るくなって最後は笑顔が感じら

れるようになります。誰にも相談できない心の悩みは、誰かに思い切って吐出する

事によって心の重荷が軽くなるものです。私の経験からのアドバイスもさせて頂い

ています。

心の悩みをお持ちの方はどうぞ私に対して吐出してください。きっと心が軽くなり

ますよ。

「観音」」献花・供養・回向とは?

献花・供養・回向(えこう)は生者のためにある。

観音様は私達を拝んでいるという証拠を挙げると、観音様やご先祖に花を供えるとき、花は必ず私達

の方に向けて供えます。何故でしょう?これは仏教が偶像崇拝ではなく、生きている凡人の私たちが

尊崇されているのがわかります。

「供養」と言う言葉があります。「供給(くきゅう)」と「資養」という仏教語が二字に約されてで

来た言葉で、供給はお給仕です。資養とは元手とか助けると言う意味です。ですから、仏にお給仕す

ることが、私たちの心の成長になると言う意味なのです。

また、「回向」するということは、180度方向を変える事です。花を献ずるのは「さとった私はいい

から、死んだ私はいいから、生きて悩んでいるあなた方こそどうぞ」とその花をこちらに向けてくれ

るのです。花を供養した私たちが仏に花を供養されているのです。

と書かれています。

心の悩みをお聞かせください。

こどもの問題、登校拒否・ひきこもり・など連日テレビなどで報道されています。

一人でも多くの子供さんを救いたい一心で、今迄の経験を活かして微力ながら聞く

を持ちアドバイスが出来ればと立ち上げました。

こどもさんでも親御さんでも悩まずに、いつでも遠慮なくお知らせください。

皆さんの身近に該当者がいたら下記番号を教えてあげて下さい。

みんなで子供さんを救いましょう。

スマホ・lineでお知らせください。090-8846-4589へどうぞ。

親の責任は。

子供の問題で沢山の相談を受けています。登校拒否・引き籠り・勉強などの問題で

す。どの親御さんも自分の子供のためにと熱心です。が、その熱心さが問題を起こ

しています。子供はそれぞれ性格が違うのです、親の思うようには育たないのが実

情です。それぞれの子供の性格を良く見て判断する事が大切です。世間体などに気

遣うことは間違っています。世間の人は誰も他人の子供の事など助けてくれませ

ん。

何故問題が起こったか?をもう一度振り返って考えてみてください。多くの事が分

かって来るのではないでしょうか。

子供には子供の持って生まれた宿命や人生があるのです。一人ひとりの子供さんの

性格を見ながら、それぞれにアドバイスや応援をすることです。

20歳までは全て親の責任です。子供が悪いわけではありません。ということを考え

ると、おのずから親の立場が分かってくるというものです。

あなたは、子供に対して無理な強制や性格に合わない指導をしていませんか?

子供さんと向かい合ってじっくりと話を聞いてあげて下さい。自分の子供ですから

ネ。

盂蘭盆迎え火。

通常、お盆と言いますが本当は「盂蘭盆」と言います。

13日はお盆の入りです。ご先祖様の霊をお迎えする日です。私も小さい頃は、胡瓜

・茄子に割り箸をさして足を作り近くの桜川の橋の袂に行き置いて小さな火を起こ

てきたものです。

その胡瓜やナスの馬や牛に乗ってご先祖様の霊が家に帰って来ると言われてまし

た。現代ではこのような風習は都会では見られませんが、大切な日本の風習です。

私たちがこの世に存在するのは、両親そのご先祖様が存在するからです。

両親・ご先祖様のこの組み合わせが違っていたら私達は存在しないのです。

感謝を込めてお盆には墓参りをしましょう。



お盆休み。

今日からお盆休みです。それにしても毎日暑いですね。ちっ(怒った顔)

お盆休みとは、昔からご先祖様を迎えて墓参りの為の休日です。

必ずみんなで墓参りをしましょう。あなたが現在この世に存在するのは、両親とそ

のご先祖様が存在するからです。感謝の気持ちを忘れないで墓参りに行ってくださ

い。帰省する際は事故や熱中症にご注意ください。

小泉進次郎さんおめでとう。

今日もまた猛暑で大変な一日でしたが、その暑さを吹き飛ばすようなニュースがありました。

小泉進次郎(衆議院議員)さんと滝川クリステルさんが結婚です。

8日に地元横須賀市へ結婚届を提出しました。

クリステルさんのお腹には子供さんが宿り、来春出産と言われています。

人気の新次郎さんの結婚には日本中がビックリしました。おめでたい話は何時でも

いいですね。

彼は、父親のような親になりたいと言っていました。しかし、政治姿勢には反対の

ようで父親は政治に関しては反面教師のようです。

38才の新次郎氏と41才のクリステルさんは相性はばっちりです。末永く幸せであ

りますようにと願うばかりです。将来の総理大臣を目指して頑張ってください。

介護は大変ですね。

昨日、連絡があり相談者が来訪しました。

85歳の母親と身障者の姉の介護をしているようです。ご主人も一緒に介護に携わっ

ているようです。

ご主人がいい人で何も言わずに介護をしてくれていると言っています。ご主人に対

する感謝の心を持っていて涙ながらにお話ししていました。母親ののワガママ、悪

口、雑言に我慢しながらの介護だそです。自分の娘に対する、人に話せないような

悪口を言われているようで、我慢の限界と言って涙ながらにお話ししていました。

1時間ほど話をして気分が多少なりとも落ち着き気が楽になったようです。世知が無

い世の中で、他人の事などかまっていられない世の中です。自分の悩みを吐き出す

達もなかなか見つからない世の中です。今度又、話たいときには何時でも来るよ

うにと言ってあげました。心に溜まった気持ちを吐出するだけで気分は楽になるも

のです。

一人で思い詰めていると悲惨な事件を起こすようなことになります。一人で悩まな

いで何時でも御一報ください。悩みながらも幸せを掴みましょう。

「信」しん。

論語には「信なくばたたず」と言う言葉があります。又「巧言令色鮮(すくな)し仁」

「剛穀(ごうき)(ぼくとつ)に近し」も有名でしょう。言葉巧みにきれいごとを並べ

るのは仁に欠け、強い意志を持って素朴に語ることが仁であるというわけです。つま

り、言葉と行動を一致させることが重要であり、それこそが「信」の源泉なのです。

「信」と「情」が無ければ人は動きません。

記されていました。

母親の言葉。

この世に名を残すような方々の母親は立派な言葉を子供に残しますね。

かの総理大臣田中角栄の母親も15才で新潟を離れる角栄少年にこんな言葉を言って

います。

「いいかい、人間には休養が必要だよ。でも、休んでから働くか、働いてから休む

かって言えば、働いてから休む方がいい。一人前になって金が稼げるようになっ

て、人様に金を貸してあげられる身分になったら、貸した金は忘れなさい。借りた

金は絶対に忘れるナ。一生懸命に返しなさい。悪いことをして、手が後ろに回るよ

うなことをしなければ生きていけなくなったら、いつでも帰っておいで、お前は田

中家のアニ(長男)だ。ここはお前の家です」

「約束したら、必ず果たせ、できない約束はするな。ヘビの生殺しはするな。借り

た金は忘れるな。貸した金は忘れろ・・・・」

と言うような言葉を15才の角栄少年に言ったそうです。

彼はその後、艱難辛苦を乗り越えて小学校卒業の経歴で日本の総理大臣になったの

です。 秘書の早坂茂三著。田中角栄 頂点をきわめた男の物語。より。

早坂茂三著。田中角栄。

早坂茂三著。田中角栄 頂点を極めた男の物語。

この本を読んで「友情「」について再考させられました。その一節を紹介します。

互いに相手の人格、力量に一目も二目も置き、深いところで尊敬し、信頼する。

そして、長い歳月の中で、互いに約束をしたことは守る。困った時には助け合っ

た。女房や子供に言えない事も相談し合った。人生の修羅場を互いに何回となくく

ぐりぬけて、何があっても彼がいる。彼さえいれば安心だ。何時でも死ねる。

ローマは一日にして成らず。手軽な出会いの友情≠ネどありません。やはり

お互い嘘をつかず、裸の自分をさらし、互いに手塩にかけてこそ、本当の友情は出

来上がる。何でも、いいものは手間隙かかるんです。辛抱して強く育て上げる。

と書いてありました。あなたは本当の友人をお持ちですか?

「観音」願いを叶えるのはあなた自身。

願いを叶えるのはあなた自身。

観音様を手を合わせて拝むということは、観音様も又あなたを手を合わせて拝んで

くださるのです。拝むとは、拝まれている事実を実感することです。

私たちは、観音様に自分の苦しみや悩みを打ち明け、どうか助けてください。とお

いします。すると観音様も、「私が拝んでいる尊い人間よ、あなたは罪が多いと

か、凡夫だとか、いろんな苦しみを訴えるが、あなたの中にも、ピカッと光るも

のが私に、は見える。どうかあなたの中のもう一人のピカッとピカッあなた自身に

いて気付いて欲しい。わかってほしい。頼みますよ・・・・」と手を合わせて下

るのです。

「あなたの願いを叶えるのはあなた自身ですよ」と。そし「あなた自身の中に私

(観音)がいるのですよ。」と。

 

「観音」あなたは何のために生き、働いているのか?

松原泰三著の観音経入門を読んでいますと「あなたは何のために生き、働いている

のか?」と言う記載がありました。

あなたは、観音様に、今までに巡り合われたことがありますか?京都の三十三間堂

(蓮華法院)には千一体の観音様が祭られています。その中に必ず、自分の母親に

似た観音様がいらっしゃる、と言われます。皆さんは「修学旅行の時に、走り走り

たぐらいで、じっくりと観音様の前にたたずんで事なんかないね」これが、多く

の方の声かも知れません。

この情報時代に観音様に関心を呼ぶような情報を得たことがない。だから興味もな

いし無関心だ「昔はともかく、科学の発達した現代では、その必要がない」と言わ

れる方がほとんどではないでしょうか。

しかし、科学に解明できないものは、みな虚妄だという傲慢さこそ、むしろ非科学

態度ではないでしょうか。

確かに科学文明の低次だったころは、光化学スモックも・PCBも・原爆も・交通事

もありませんでした。山野は緑に包まれ、川や海の水は清澄でした。それらを奪

れた現代ほど「死」の恐怖を鮮烈に感じさせる時代はなかったでしょう。

忙しすぎて、ヒマがないのも、現代の生活模様です。

心身ともにすり減らして働いたおかげで生活も豊かになり、欲求もある程度叶えら

れました。

しかし、不満は尽きません。ということは、満たされる以上に失った方が多かった

らではないでしょうか。

としたら、あなたは何のために、だれのために生き、働いているのですか? と書

れていました。

子育てにも役立つ言葉。

″そんなに卑屈にならなくてもいい。そんなに泣き悲しまなくてもいい。あなたは、

気が付かないが、あなたにはこんなに素晴らしいはたらきが宿されているの

だ。

既得のらゆる概念を捨てきるのだよ≠ニあなたに内在する大きないのちが、あな

たに呼び掛けているのです。その声が目のあたりに観えることを教えるのが「観音

経」です。

この言葉は、自分の子育てにも役立つ言葉ではないでしょうか?一人一人の子

には各自のもって生まれた特徴があります。それを見出して伸ばしてあげるのが

親の役目ではないでしょうか。(^^)/学校の勉強だけが全てではないことを知る

べきではないですか?

 

宮城道雄さんの言葉。

以前にも「観音経」について記載しましたが、別な視点で書いてみます。

「観音経」とは人間自覚のための経です。

観音は〈観る音・観える音〉とも〈音を観る〉とも読めます。

観音(正しくは観世音菩薩)とは、この二つの働きの出来る人間性の豊かさと深さ

象徴で、ふつう考えられているような歴史的実在者ではありません。

視るも、観るも、ともにみるですが視るを深めると観るになります。観るとは、辞

典に(心に思い浮かべて分別する・見えるさま・つかむ・おがむ)とあります。

盲目の音楽家・宮城道雄氏は「澄みきった静かな日に、縁側に出て立っていると、

人々のうるさがるハエの舞い立つ音でも、何となく澄んでいるような気がする」と

われています。また、「私は、すべてを声で判断する。婦人の美しさ、少女の純

な心とかは、その声や言葉によって感ずるわけである。声が美しく発音がきれいで

あると、話してる間に、春の花の美しさとか、鳥の声をも想像するのである」。

目は観えなくとも、宮城先生は音や声を聞いて美しい風光が見えてくるのです。

よい音や声や、美しい景色だけではなく、自然のたたずまいの中に、人間の生きる

よりどころとなる教えを、人々の声の中に楽しみと共に悲しみや苦しみを、罪ある

の心の中にも美しいもの観ることが出来たら、人生の大音楽家です。観音はこの

音楽家の象徴です。「象徴」という理由は、観音様は、偶像でもエリートでもな

く、実は誰の心の奥底に埋み込まれている慈悲と知恵と勇気のはたらきにほかなら

ないからです。とこの本には記載されています。   続く

 

引きこもりの問題。

連日、先日の事件での影響で「引きこもり」の方々のご家族の心配が報道されてい

ます。

今朝も、NHKで取り上げられツイッターなどの書き込みが報道されていました。登

校拒否や引き籠りの人が、今回の事件にあたり、世間から同じように思われるので

はないかとの心配でのことです。

今迄何人かの登校拒否や引き籠りの人の相談を受けていますが、私の所へ相談に来

た方は皆さん素直な方々ばかりでした。事件を起こすような人は一人もいませんで

したし、皆立ち直って現在は元気に働いたり学校へ復帰したりとしています。引き

籠りや登校拒否の人が事件を起こすという考えは間違いです。長い間何所へも相談

が出来ないでいると鬱になります。親御さんは相談したりするところを

早く見つけることが大切です。

微力ではありますが、私でも相談や話を聞くことが出来ますのでご遠慮なくお早め

にご一報ください。自分の子供の事でしたら親は何でも出来るはずです。

自我の強い人。

「自我」は色々な問題を起こします。「我」が強い人はトラブルが多いです。それ

に気づかないのが自我の強い人です。「我」の強い人は自分の事ばかりで相手の気

持ちは察しられないのです。

殆どがそのために敵を作ります。(-"-)  賢者の話を聞いても自分流に変えて解釈

しています。

素直にありのままに聞くことが出来ないのです。

このように自分の「我」によって素直に聞く耳を持たない事が多いですし、それを

実行しないのです。これでは上手く行きません。何のために話を聞いたのか分かり

ませんね。

人の話はしっかり聞いてありのままに解釈することが大切です。

相談者の墓参り。

今夜電話がありました。先日相談に見えたご婦人からでした。今日、御主人の菩提

寺に行き墓参りしてきたそうです。住職にお会いして供養・お経などのお話を聞い

きたそうです。後日来訪して話してくださると言っていました。大そう明るい感

になっていました。

何か困ったことがあったら墓参りを薦めています。何か善い智慧をお願いしますと

言って線香やお花を手向けてくるといいですよ。

電話相談2件。

昨日は来訪者がありましたが、今日は、電話相談が2件ありました。遠方の方なの

で、なかなか来訪出来ないので電話かメールの方法です。職場の問題、友人とのお付

き合いの問題。の相談でした。かなり悩んでいたようですが、二人共私の話を聞いて

ホットしたようです。

時間があれば直接会って話を聞きたいので訪問したいとの事でした。元気になれば幸

いです。

相談来訪者がありました。

今日、相談来訪者がありました。

昨日、マミーを病院へ連れて行っている間に留守電が入っていましたので掛け直し

ました。相談者からの電話でした。いろいろお話を聞きましたし、こちらからもお

話をさせて頂きました。

話が終わる頃に来訪したいとの話が出て今日来訪してきました。11時頃お出でにな

り15時過ぎまで話が弾みお帰りになりました。「気分がスッキリしたので明日から

頑張ります、また近い内に来ます」

と言って車でお帰りになりました。自宅までは2時間くらいかかるそうです。気を付

けてお帰り下さいと言って送りました。

自分を知っていますか?

自分を知ることは大切なことです。自分を知るという事は、自分がどのような運命

に生まれてきたのか? どんなご先祖様が居たのか? どんな星の下に生まれて来

たのか?などです。

何かに挑戦しても失敗する、思うようにゆかない。相手と上手く行かない。なかな

か結婚できない。など、いろいろと問題や経験はありませんか?。

それは全てあなたの運命に逆らっているためではないでしょうか?自分を知ること

は大切です。

自分がしてはならない事、注意すること。などを知っているだけで自分の運命が決

まると言っても過言ではないでしょう。   あなたも自分を知ってみませか?。

白血病について

白血病と言うと血液のガン、なかなか治らない病気。と思われるでしょう。

現代の医学でもその発病の原因は解明されていません?。白血病の種類も色々ある

ようですが、医学で解明されない分、どうしたら良いか分からないですね。

しかし、以前にも話しましたが「因果」の法則によって解明する事に挑戦してみて

はどうでしょうか?

原因なくして結果はない、これが因果の法則です。白血病の場合は一つとして身内

の中で「黄変死」した人がいる場合が多いです。この方を丁重に御供養すれば結果

が出るのではないかと思います。

お寺さんにお願いしてこの方のご供養をすることです。ご供養の際、焼香時にその

死因を相手に教えてあげるのです。それが黄変死した方の霊に届けば解決するで

しょう。

ご不明な点はどうぞご連絡ください。

離婚の原因は?

時々お出でになる36才の奥さんです。2歳の子供と住んでいるようです。ご主人と

は2年以上別居しているそうです。離婚を希望しているのですが相手が返事をくれな

いので困っているようです。

そもそも、離婚の原因は何かと言うと、結婚前に相手の性格を良く見抜けなかった

との事です。良くある話ですが、お付き合い中は相手の良いところばかりが見えて

本性が見えないことです。

この奥様も自分でそう思うと納得していました。夢がない・将来の生活に対する考

えがない・毎日を無事に過ごせればいい。など、ボーっとして何を考えているのか

理解できないとの事で別居。離婚したいとなったそうです。奥様の話によると、今

の若い人はそんな人が多く、将来の事など考えていないと言っています。私として

は早く離婚届にサインをもらって離婚を成立させた方が良いのでは、そ

して早く良い伴侶を見つけることです。とアドバイスをしました。

結婚の相談に来られる人に良く言うのですが、恋愛中は互いにボーっとして相手を

見ていますが、現実的に考えて時折相手の希望や考えを聞くことです。そして、将

来の夢や希望に対する考えを確認して自分に近い考えを持っているか判断すること

です。それから結婚の事を考えても遅くないです。

ただ好き嫌いで結婚すると将来悔やむことになります。

幸せな無結婚をするには相手との相性もありますが、相手をよく観察することが大

切です。

令和の時代にも「心のよりどころ」として

4月29日(月)曇り晴れ曇り  晴れたり曇ったりの定まらない天候でした。

明日で平成も終わりです。又、天皇の退位も明日一日を残して皇太子様に譲位とな

ります。

平成は30年余り続きましたが色々な出来事が多い年月でした。地震・津波・噴火

事故とまとめて自然災害が起こった年でした。また原発事故の問題も未だに解決し

ていない問題です。

令和になっても平成からの引継ぎが続くと思います。

私の「心のよりどころ」は引き続き令和になっても皆様の心のよりどころとして貢

献したいと思っています。

どうぞ令和になっても宜しくご支援の程お願いいたします。

感謝の気持ちでいっぱいです。

人は相手の気持ちになって気遣い・心遣いをすることが大切ではないでしょうか。

今回、マミーが入院して自分が一人で毎日の生活を送っているとき、知人やその奥

様が入れ代わり立ち代わり来訪されて、食事や総菜を届けて下さいました。食べ切

れずに2日も自分で食事を作らない日もありました。皆様の気遣い心遣いに何とお礼

を言っていいやら分かりません。

先日、マミーが退院して来てからも毎日のように顔を見にと来てくれます。今日も

私の留守中にの知人の奥様が果物を持って来て頂きました。朝は、何時もコーヒー

タイムと言ってくる友人がアイスクリームを持参で来てくれました。感謝感謝の気

持でいます。

現代は自分の事ばかりで、他人の事など知らない振りをしていると言われますが、

どっこいそうでない人々も居るのです。こういう人間関係、人と人とのコミュニ

ケーションが大切な時ではないでしょうか。人間関係がギスギスしていては楽しい

人生なんて考えられません。

まず、自分から身の回りの人々の状況を見回してみては如何でしょうか。そして自

分にできる事から始めてみませんか? きっと何かが開けてくると思いますよ。

留守電が入っていました。

昨日、留守電が入っていました。男性の方です。

電話を差し上げましたが、かなり落ち込んでいるようで今は話す気分になれないの

で再度電話しますとの事でした。何時でもご連絡ください、そして元気を出してく

ださいと。と言ってあげましたが涙ぐんでいたような感じがしました。皆さん話を

いてくれる相手がいなかったり易しい言葉をかけてくれる人が身近にいないんで

すね。もっと周りの人が気を配って頂けるような世にしたいものです。

黄変死(おうへんし)について。

黄変死

黄変死とは、畳の上で最期を迎えられない死に方をした人を言います。

自殺・他殺・事故死・変死・滑落死・手術中の死・術後の経過が悪く死亡したり・ 

世の中に未練を残して亡くなったりした方を言います。戦死も入ります。

ある意味、最悪の運命の星に生まれた人を黄変死の因縁と言います。

 

現在報道されているスポーツ選手が白血病が発生して大変なことになっています

が、私の所への子供さんの白血病の相談がありましたが、やはり黄変死したご先祖

様が在りました。父親は直ぐそのための供養に実家に帰ってお寺さんで供養をして

きた所、生まれて10年間入院していた子供さんがたった4日で快方に向かったとい

う例があります。信じ難い話ですが、お金も殆どかからない事なのでやってみる価

値はありそうです。

遠方の方からの問い合わせ。

今日は、遠方の方からの相談問い合わせに対して返答を書いています。

明日、郵送しようと思います。

遠方で来られない方が、問い合わせ内容等をFAX、またはメールで送られてくる場

合があります。出来るだけ対応していますのでご遠慮なくご一報ください。

問い合わせ内容を出来るだけ詳しく記載して頂くと有り難いです。

観音経の教え−9

六観音・七観音。

*聖観音(しょうかんのん)

 観音様の中でも一番正統な観音様。われわれと非常に近い姿をしている。

*千手観音(せんじゅかんのん)

 無数の手を持っている。別に千の手を持っているわけではない。千という数字は

 無量無辺際を表す。その手の先には目が付いている。それは、観ることの大切

 さを示峻しているしている。

*十一面観音(じゅういちめんかんのん)

 文字通り十一の顔をもち、様々な表情をした顔がある。これは欲望を満たすもよ

 し、減ずるもよし、コントロールを上手にしなさい。と教えている。

*馬頭観音(ばとうかんのん)

 観音様の中でただ一つ男性と思わせるタケダケしさがある。お不動様のような忿

 怒の形相をしている。畜生道を受けて少々身分の低い観音様と言われるが、村

 町の角に立って交通の安全を守ってくれるとされている。非常に庶民的な観

 音様です。

*如意輪観音(にょいりんかんのん)

 貪・瞋・痴を絶って、人間としてわれわれが理想としするものを蓄えておられる

 観音様。如意とは意のままに、輪とは終わりのない自由、自在を表す。

 意のままに迷いを絶ち、自由と安らぎをもたらす観音様。

*不空羂索観音(ふくうけんさくかんのん)

 羂は網、索は糸、煩悩の山に網をめぐらし、欲望の海から糸をもって釣り上げて

 くれる。そして、網を引きよせ、糸をたぐり、観音様の心と同化させようとする

 観音様です。

*准胝観音(じゅんていかんのん)

 万物発生の理を表現する人間同化の観音様。准胝とは、梵語で清浄という意味

 心を清浄にしてくれる観音様です。

 その他数々の観音様がおられますが、大切なことは、観音様とめぐり合い、対話

 することです。

 楽しみもあるが、大方、苦しみの忍辱土である娑婆世界を、縦横無尽に遊ぶ。こ   

 れこそが観音の世界観であります。この自在神力で遊ぶ、遊び方を工夫して生活

 に生かす、ここに観音への道があるのです。    

 

また一人著名人が亡くなりました。

2月10日作家の堺屋太一氏が83才で亡くなりました。経済企画庁長官を経て作家

となり「団塊の世代」の名付け親でした。死因は多機能臓器不全だそうです。

次々と著名人が亡くなり寂しい限りです。ご冥福をお祈り申し上げます。

今朝は一面雪景色、しかし、日差しがサンサンで瞬く間に雪は消えました。また明日

天気は下り坂のようです。

観音経の教え-8

*三十三身説法

宇宙の全ての存在を三十三身で表し、その全てに身を現じて救済すりるという。

変幻自在の仏と言われる由縁です。

衆生、すなわち民衆とは千差万別。この千差万別の民衆を救済するには、千差万

別の姿に身を現じて法を説く手法もまた、千変万化しなければならないのです。

法を説くというのは、口だけで説法する事ではないのです。法を説く、道を説くに

は、自我を捨て、自己犠牲のもとに身一杯で取組んでいく。これが無畏であり施無

畏となるのです。

観音様とは、我々自身の正体であるから努力すれば何でも出来ます。ということで

す。これに気付かないでいるから、泣いたりわめいたり、怒ったりするのです。

世の中、諸行無常・諸法無我。変わらぬものなど何一つない。我々の生命の根源、

宇宙の真理も又、時々刻々と変化して行くのです。これに対応するためには、我々

自身の観音様も時々刻々、変化するのです。

宇宙の真理を内在しているのは我々人間だけではない。イヌ・ネコ・モグラ・でも

ての生きとして生けるものは、宇宙の真理と当体です。三十三身とは、これら全

てのものを包括した宇宙全ての存在です。

これらすべての存在を象徴的に具現化したのが観音様です。だから百観音と言わ

れるくらい多種多様のポーズをとって、われわれの心の姿を現しているのです。

観音様を拝む人の心の多種多様の願いに応えるべく、無数の救いのシンボルとし

ているのです。

 

あなたの2019年はどんな年ですか?

昨日は鏡開きで一月も半ばになりました。寒い気温の低い日が続いています。

また今日からは3連休ですね。今日は気温がぐっと下がって寒い一日です。

インフルエンザの注意報が出ていますのでご注意ください。

自分の運勢等を見ることは一年間生活するにあたって非常に参考となります。

今年(2019年)は2月3日の節分を過ぎて2019年となります。

あなたの2019年は」をクリックして見て参考にしてください。

自分の置かれている状況を知らないで上手く行かないと悩んでいる方が結構多い

ですので、自分を知ることが大切です。


ご不明な点があればご一報ください。

 

年頭にあたり。

平成19年元日です。新年おめでとうございます。今年も宜しくお引き立てくださ

い。

平成の年号も3月いっぱいでお別れです。新しい年号は4月1日に安倍首相から発表

されるようです。

どんな年号になるか?いろいろ予想してみましょう。

年頭にあたり自分の目標を掲げてみては如何でしょうか?目標に向かってひたすら

努力することが目標に達する近道ではないかと思っています。

今年も元気に目標に向かって進もうではありませんか。

生き方の問題。

心の持ち方の問題です。

毎年今年の運勢を聞く方が多いです。その年が生まれ星によって良い年・悪い年と

なりますが、自分は、今年良い年なのに全然良い年ではなかったと言われる方があ

ります。何故でしょうか?

人は、その人の生き方、、心の持ち方によって良い年か悪い年かが分かれます。普

段から人の為に生きる。人の為に心遣いいをする、このような生き方を続けている

人は、自分が良い方位に回った時には必ず良い年になります。

同じ星生まれでも、これまでの心の持ち方、生き方によっては差が出てしまいま

す。良い悪いは本人の生き方、心の持ち方によって左右されるのです。

来年は、六白金星・七赤金星の生まれの方が良い年となります。四緑木星生まれの

方は人生のバイオリズムが冷え込んでしまいます。又、八白土星生まれの方は、俗

に言う「八方塞がり」となり、次の来る良き年のための自己研鑽の年となります。

人は、生き方、心の持ち方によって人生を左右されます。貴方が良い年を迎えられ

るように祈っています。

ポジテブに生きよう。

今年も残り約一か月となりましたね。皆さん今年は如何でしたか?生年月日や生れ

星によって皆さんそれぞれでしょうが、何事があっても前向きにポジティブに考え

進みましょう。

私の処へいろいろな悩みで来られる方が多いですが、皆さん来られた時はネガティ

ブな考え思考です。

お帰りになる頃には笑顔も見られ、前向きな思考でお帰りになります。

悩んだり、問題が起こった時はパニック状況になりネガティブな状態になる事が多

いです。

今年良かった方も悪かった方も来年に向かってポジティブな思考で新しい年を迎え

ましょう。

来年は平成から何になるのでしょうか?楽しみですね(^^)/

自業自得。

日産自動車のトップが自分の給料の明細を偽って記載し逮捕されました。年間10億

円以上も獲っている人が何で明細をごまかすのでしょうか?私に言わせれば悪行悪

果で自業自得です。

悪いことをすれば必ずその罰を受けるようになるのです。昔から、」「天知る地知

る我が知る」という言葉がありますが当にその通りです。

人間性に問題があるようですね。人間は正直に真面目に生きてゆくことが大切で

す。

善行善果ですね。

11月8日にもお店が休みで無いのに料理を作って3時に来てくれました。このところ

5日間にわたって毎日お茶の時間に合わせて来てくれました。昨日は、お店が大変忙

しかったと言っていました。

それは、善行善果と思います。人は他人に優しく接すれば自分にも優しく帰って来

るという事です。

私の愛弟子たちも大変お世話になったお店です。奥さんはその当時が懐かしく思い

出されると言って空をを見上げていました。明日もまた来るかもネ。(^^)/

明日で工事も終了します。あの車庫が全く変身しました。自分でもびっくりです。

\(◎o◎)/!

やっぱり不思議なことですね。

何時ぞやお父さんが訪問されて、娘さんが結婚したのだけれど3年経っても子供に

恵まれないと言って来ました。病院にも行って検査をしたりしていたのですが、という

話でした。いろいろ話を聞いたり話をしたりして、最後に御先祖様の墓参りに行って

子供が授からないので何とかして子供が欲しいのでお願いします。と言って手を合

わせて来てみなさいと言ってあげました。その後しばらく音沙汰が無かったのです

が金曜日の19日に突然お父さんが見えられました。何かと思ったのですが、お礼

に来たとの事で栃木県黒羽名産のアユの甘露煮を持って来てくれました。何のお礼

か分からなかったのですが、娘さんが妊娠したとの話でお礼に来られたそうです。

私の言った通り娘さんは御先祖様の墓参りに行ったそうです。その後子供を授かっ

たそうです。お父さんもビックリしていました。

こんな不思議なことがあるんですね、と言って不思議がっていました。

この世の中は不思議な事が沢山あるのです。困ったことを相談して言われたことを

信じて実行する、これが大事なのです。昔から「信じる者は救われる」という言葉

ありますが当てはまりますね。

やっぱり真面目に仕事はしないとだめですね。

今日は朝から太陽の光が差して気分がいい朝でした。

昨年で塗装会社は閉めたのですが、今迄施工ををさせていただきましたお客様から

の工事依頼が入って来ます。有り難いことです。今日も6年前に塗替えをした方から

電話がありました。今回はシーリングの劣化の補修工事依頼です。明日にでも現調

に行ってこようと思っています。

感謝感謝です。やはり仕事は相手の身になって真面目に手を抜かず、をすることが

大切ですね。

当分の間この状況から抜け出すことは難しいようです。それでも自分の育てた職人

さんに依頼して施主様のご要望に応えようと思っています。

私の思うところ、人は真面目に仕事をすることが大切ですね。つくずく思っていま

す。

彼岸の墓参りは済みましたか?

9月23日は彼岸の中日(秋分の日)です。今年は連休の真ん中の日です。

そして晴天です。お寺さんに行くと墓参の方々で混雑していました。やはり日本人で

すね。現代は墓守の事でいろいろな問題が起こっているようですが、残念です。

何度も書いていますが、ご先祖があっての現在の自分があるのです。これを考えて

欲しいですね。ご先祖の墓参りに行かなくなると更にいろいろな問題が起こってきま

す。年に数回です、春の彼岸、お盆、秋の彼岸ぐらいには墓参りをしてください。

観音経の教えー7

本物の自分自身に目覚めよう。

*二求(にぐ)  人間の持つ内外両面からの欲求これを二求とよびます。

すべてを先取りして、観音様は与えてくれる、本当の気配りがそこにある。

拝むということは、観音様を通じてもう一人の本物の自分との対面なのだから、観  

音様と一体になるということは、とりもなおさず本物の自分自身に目覚めるという

ことであります。

本物の自分自身イコール観音さなのだから、本物の自分自身に目覚めた時には、

観音様のココロを所有したことになる。ゆえに、観音様の持つ霊験も同時に所有し

た事であります。

つまり、変な説教を聞くよりは、お経を読んだ方がありがたいよと言っているので

す。人間なまじ考えるから分からなくなりかえって弱くなり迷い始めるのです。な

らば寝ても覚めても、ただ行為を繰り返し夢中になってやってみる。これが一番な

のだと思います。無心に、自分のもっている実力でバアーンとぶつかってみる。い

わゆる理屈などないから恐怖もない。ただ行動あるのみ。

これが観音様の「施無畏」だと思います。

自由自在に遊ぶ、これは最高に幸せなことですが現実にはそうはいかない。仕事と

遊び、この両方の均衡がとれていないことには生きて行けない。

いやでもしなければならないのが仕事、したくても出来ないのが遊び。特に現代の

日本人、朝から晩まで忙しい忙しいと言っては心を亡くしてしまう。

遊び方にもいろいろあります。朝からマージャンや賭け事をやっているのは卑しい

遊び。本当の遊びとは、ゆとりであり工夫であり英気であります。

本当に遊ぶためには、まず自分を掴まなくてはならない。本当に自分を遊ばせるに

は他人の真似をしてもダメだ。自分をしっかりつかめば、遊び方もうまくなる。

自分自身のみの遊び方をしっかり身につける。仕事や勉強、それをイヤだと思うか

ら遊べなくなる。

自分から飛び込んで、ゆとりをもって楽しむ遊び、遊びの中から、多くの文化文明

生じるのです。この忍辱土たる浮世の中で、いかに遊ぶか、ここに深い意味があ

のです。

 

 

本当に無料ですか?

昨日6日に電話で相談者からの問い合わせがありました。内容は本当に無料なのか?

メール相談でも良いのか?、などの問い合わせでした。

遠方の方、水戸まで来られない方などは皆さんメール相談・電話相談です。もちろ

ん相談は無料です。

ご心配なくご一報ください。

遠方で一番の方はフランスに住む日本人のご女性でした。京都から来られて方もお

ります。関西在住の方は何度か電話で相談がありました。その方によってそれぞれ

です。

一人で悩んでもなかなか解決法が見つかりません。話す事により心が軽くなります

よ。

小中学生の自殺が増える時期。

夏休みも終わり新学期が始まりました。この数日のテレビや新聞報道では新学期が

始まる頃に小中学生の自殺が増加すると言っています。何故かわかりませんが、い

ろいろな問題が潜んでいて難しい問題です。が、両親がよく子供を観察していて小

さな変化でも見られるようでしたら注意しなければなりません。現代は両親・先

生・友人などに相談できる状況にないような気がしてなりません。

これからの時代を背負ってゆく大事な少年達です。地域ぐるみで少年たちをバック

アップ出来るようにするのが理想ですね。困った時には遠慮なくご一報ください。

千 玄室さんの言葉。 

今朝のサンケイ新聞のコラム「一服どうぞ」に裏千家前家元「千 玄室」さんの

「他人に手差し伸べる器量」が載っていましたので原文のまま掲載します。

地震大国日本といわれ、活火山も多い列島では、しばしば地震が起こる。そして、

過去に例を見ない大雨などもあり、天災は恐ろしい。単に天災のみならずそこに人

災と呼べるようなことが入ってくることもある。凄しい被害だと「どうしてこんな

ことに」と異常気象を嘆く、何かの祟りか、神の怒りに触れたかと思う方もおられ

る。

陰陽五行の教えである易学は中国で成立した。いろいろな災害がある度、この陰陽

によって占われた。陰は月で,陽は太陽である。この世の全ては陰と陽の対称であ

り、木火土金水の五行で構成され、万物が動いているといわれる。雨や風による天

災は恐ろしく、色々なところで被害があるが、どこか人ごとのように思い、自分の

所ではなく良かったと呟くのは己だけではないだろう。

しかし、人々は天災や人災の起こる毎に他の人の為に救助に駆け付ける。情の心を

自然に発揮するのである。タイで13人の少年とコーチが困難だと思われた洞窟から

救助された。さすが仏教の国、僧侶が皆さんと一緒に祈りを捧げている映像がTVに

映し出された。ともに合掌し、無事を祈る姿は胸を打った。洋の東西を問わず、あ

らゆる災難に人々は救いの手を差し伸べるとともに神仏に祈る。

東洋思想の特質は、西洋のように、アイデアリステイック(非現実主義)、リアステ

イック(現実主義)の2つに分けない。即ち、主観と客観をきっちり分けず、主観と

客観の統一を図る。客観を経て深遠なる主観に到達するのが東洋である。

例えば、祈るという行為は、主観的で、現実にその意が通じると考え、人なら誰で

も特別悪い事が起こらないように祈る。悪を払い、善即ち良い方向に向かうように

と。災害時には知らぬ人々の為に祈るのである。

昔あるところの他人からは「けち」と悪評のある人が大雨で近隣の町が水浸かりに

なった時、救助の品を買い、被害者に配りに行った。それまでケチがいい格好を見

せているとと悪口を言われた。聞い

た家人が本人に伝えたところ、「人間はどんなに悪く言われても、いざという時に

本当の心を以って実行すれば今どうのこうのと言われても後に分かってもらえる」

と言ったとの話がある。

神仏の教えは正しく見ることの大切さも教示している。八正道という教え、それは

人間の生きる上において正しい生き方を教示したものである。私は禅の師から八正

道とともに無功徳を教わった。梁の武帝が達磨大師に「自分は色々な良いことをし

たがそれに対しての見返りは」と尋ねたら「並に無功徳」=「自分が良いことを吹

聴してしまったらしまいだよ」と言ったそうだ。

慈善をするのは当たり前のこと。キリストは誰にでも手を差し伸べなさいと教えら

れた。右の頬を叩かれたら左の頬を。右の手でなしたこと左の手に知らせることな

かれとも。私たちは生きるために必死に毎日を過ごすが、そうした中でも何か他の

人に対して手を差し伸べる器量を持つことが必要だと、しみじみ思う今日この頃で

ある。

というコラムでした。

少年(中2)が殺人未遂。

昨日19日新聞配達の女性が刃物で刺された事件で中2の少年が逮捕されました。驚

きですね。

普段の生活の中でのイライラが募って誰でもいいから刺したかった。と言っている

そうですが、恐ろしい事件ですね。次第に年齢低下の事件が多発しています。

あなたは、この事件をどう思いますか?現代は社会的にイライラが募る時代です

が、それを相談したりする親しい友人や先生が居ないのが現状です。ほとんどは親

の責任です。親が子供の状況をしっかり観察していれば防げる問題です。忙しく働

くのはいいですが、もっと、家庭をかえりみて子供をしっかり指導してほしいもの

です。

前にも書きましたが、忙しいという字は心を亡くすと書きます。

お盆とは?

今日は月遅れお盆の終わりの日ですネ。

お盆とは仏教用語の盂蘭盆会(うらぼんえ)を略した言葉です。8月13日から16日

までが月遅れのお盆と言われています。

お盆の入り13日には迎え火を焚き、16日には送り火を焚く習慣があります。

迎え火とは、ご先祖様の霊が帰ってくると言われており迎え火はその目印とするも

のです。

送り火とは、御先祖様の霊があの世へ戻って行くのを見送るためのものです。

顔を見る。

あなたは自分の顔を鏡に映してよく観察することがありますか?

人間の顔は人それぞれ違いますが、よくその人の心情や心が顔に現れると言います

が、これは本当のようですね。

今までいろいろな人との出会いがありましたが、おおかた相手の方の顔を良く観察

すると性格や心配事があるな、とかチョッと病気があるかな、歓迎されていない

な、とかが分かります。

自分の顔を鏡で見ると、頭へ来た時、、心配事がある時、悩んでいる時、身体が病

んでいる時、などの顔の違いが分かります。一度自分の顔を観察してみてくださ

い。

私は相手の家を訪問した時、奥様の顔をじっと観察します。奥様の顔や態度で、自

分が歓迎されているか歓迎されていないかを判断しています。

顔は自分を映す代表的なものです。常に柔和な顔でいられるよう普段の生活に気を

付けましょう。

観音経の教え-6

七難・三毒・五欲・二求・拝むについて

*七難とは、火難・水難・羅刹難・刀杖難・鬼難・枷鎖難・怨賊難。

これらの苦難をどう受け止めるのか,いったい苦難の正体とは何なのか?

内なる苦難と外なる苦難と分ける人も良くいますが、苦難とは如意であるとおも 

思う。

不幸即幸福、幸福即不幸。どう受け止めるかによって鬼にもなれば蛇にもなる。も

ちろん観音にもなります。要は観音の心を持ち合わせていれば、すべてが解決でき

るということです。

 

*三毒とは、貪・瞋・痴。

*五欲とは、財欲・色欲・食欲・名誉欲・睡眠欲。

 三毒・五欲をコントロールする。

我々には、いろいろな欲がある。欲があるから向上する。だから欲自体は悪いこと

ではない。欲にとらわれるから害が生ずるのです。

ポルノ時代・フリーセックスの時代、どっちを向いても淫欲だらけ。女性週刊誌・

婦人雑誌・はては少女雑誌まで露骨なセックス記事が満載されており、身体だけは

一人前の少女たちを刺激する。

性欲はあってしかるべき、生命を生み出す所作であって、誰にでもあるものです。

だからどうコントロールするかの問題です。

今の日本を振り返ってみると、宗教的なものは何もない。ただ欲望をあおり立てて

それが商業主義と結びついて汚していくのである。

文化だ、芸術だ、ヘチマだと言っても、淫欲がないことには何一つ発展しない。

生々発展して行くためには、絶対必要な事なのである。

ここで注意しなくてはいけないのは、欲を絶つ、ことではなく、「離るる」となっ

ていることである。瞋も離るる、痴も離るる、愚痴も離るる、決して絶つとは表現

しない。

つまり善用すれば素晴らしいものになるぞというのが離るるということで、これが

大乗仏教の妙味であります。

 煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)

我々には淫欲があるから、人類が生々発展する。まさに宇宙を感じるのです。

善用するにはどうしたら良いか。

 「饒益する所多し」(にょうやくするところおおし)の饒益とは、律するという

こと。民衆が常に

観世音菩薩に念じていれば、身を律することができ、五欲をコントロールして善用

することが出来 ますよ、と言っているのです。

観音経の教え-5

〇煩悩の火を消し愛欲の海を泳ぐ

*七難  火難・水難・羅刹難・刀杖難・鬼難・枷鎖難・怨賊難。の七つです。

このうち火難と水難が出て来ます。火難を除く観音の変化身とされている秋葉三尺

坊は火伏の大御所として有名です。この三尺坊のご利益とはいうのは、人間の煩悩

を消すことにあります。

善行に害毒をうながす三つの煩悩を三毒と言います。

「三毒」とは貧・瞋・痴(とん・じん・ち)がこれにあたります。貧とはむさぼ

り。瞋とは怒り。痴とは知恵の曇り。この三毒の火を消すことが出来れば充実した

毎日が送れるとする教えです。

観音経でいう火難とは、瞋であり心火です。釈尊いわく「瞋恚は功徳の林を焼く」

と言っています。

水難とは愛欲の難、愛欲の大海に溺れるのは人間である限り誰にでもあります。誰

にでもあるからといって溺れてはならないのです。

*七難とその正体の受け止め方

「魔がさした」という言葉があります。心の迷いから生じる悩み苦しみ、食人鬼と

いってもいいような、どうしようもない心の悩みこれが「羅刹鬼」です。

「仮使黒風其の船航を吹いて」とは心の中の暴風のことです。仏性を求めて人生の

大海を泳ぐ我々の前に突然の災害が訪れた時、どうしようもない心の悩みに負けて

しまう。これが羅刹鬼の国に飄堕するということです。

人生で一番難しいのは、自分に勝つことです。人に勝つことなどは簡単なことであ

ります。負けそうになっては這い上がり、また負けそうになっては這い上がる。

我々誰でもがそうして生きているのです。

我々は本当に自由なのでしょうか、何一つ束縛もないだろうか、何一つとらわれも

ないだろうか?

人間の持つ所有欲は自由を束縛する。土地を手に入れれば土地に縛られ、家を買え

ば家に縛られる。地位を手に入れれば地位に縛られ、金を手に入れれば金に縛られ

る。命があれば命に縛られる。二重にも三重にも縛られ、身動きの取れない生活を

送る。これで本当の自由と言えるだろうか。

人間は一切の所有権を捨てることは出来ない。物を捨てることは出来ても心の所有

までも捨てることは出来ない。金がなければないなりの束縛、地位も名誉もなけれ

ば、ないための束縛。

我欲と言ってもいい。我欲の衣を七重八重に着込んだ我々の生は不自由この上な

い。この衣を脱がない限り本当の自分、宇宙の真理真実に出会うことは出来ない。

次回に続く

観音経の教えー4

*一心称名。・・・・一心に観世音菩薩の名を唱える。

釈迦入滅後、弥勒菩薩がこの世に現れるまで五十六億七千万年という気の遠くなる

ような無仏の時代に、庶民を救済する地蔵菩薩。その活動は六道全てに及びます。

「観世音菩薩普門品」の普門とは、あまねく門を開く、つまり表からでも裏からで

も、縦からでも横からでも、どこからでも入れる。どんな悩みにでも、誰の悩みに

でも、どこからでも受け付けてくれる。という意味です。

仏に手を合わせるということは、我々が思い描く理想の世界、心理真実、忙しさの

為に忘れているもう一人の自分と、仏像を通じて対面することです。

自分が自分で、自分の本物を偶像を通して確認する行為。ということは、お詣りを

するとは神仏を通じて自己確認をする世界であると言えます。するとここに自分を

叱咤激励し、勇気を持つことができる。だからお詣りは、一心不乱にやるべきであ

り、一心称名がそこに生きる。

念ずれば通ず、という言葉がありますが、まさしくその通り、ここにお参りの世界

があります。

観音経の教えー3

*音波をキャッチする観音様

「一心称名」一心に声を立てて念ずることである。一心に念ずることにより観音様と一体に

れる。

一体になれるということは、無我になることである。他の事は何もない一切の計らいもなく、

だ頭の中は観音様だらけ、といった状態である。

「百千萬億」の庶民がもろもろの苦悩を受けた時、観音菩薩の名を一心に称えたら観音は

れを聞き分けて、皆のその苦しみから解放されるようにするからです。

「南無観世音菩薩」の南無とは「依るべきものに帰る」という意味です。

「観音開き」という言葉がありますが、戸が真ん中から両側に開く方式です。両方に開く

と、中は開けっぴろげとなりどこからでも自由に入れます。

仏像を祀る厨子のほとんどは観音開きです。観音様は、開放的な仏さまでであるからで

す。


*観音様の気配り

心を配ると書いて心配。普通、心配するというと、あれこれと気がかりになる。と言うが、

の意味は相手の身になって心を配るということです。


*即時即効の現世利益 

世の中には摩訶不思議なことがあるもので、存在していることだけは紛れもない事実で

これを学問や科学で立証できないからと言って、信じようとしない現代人にもう一歩踏

み込んで考えてもらいたいことは、一心になることに依って発散するエネルギーの力、精

神力を集中した時に起こる不思議な現象、これは今、科学の死角点にあります。

一念岩をも砕く、で、ひたすら一心になる熱意、それに伴う行動はいつの世においても岩

も砕くほどの力を持つ、ということではないでしょうか。

観音経の教え-2

*観音様と同居する。

多くの在家の人達は、自分の中の観音様に気付いていない。

なぜ気が付かないのか、とうと宇宙心理の存在を、自我というコ

ロモで七重八重に包み込み、全く見えなくしまっているからである。

その分厚い衣をかなぐり捨てて、宇宙と一体感に目覚めるために

宗教者は、宗教的修行をする。

では一般的な在家の人々が、どうやって心理に目覚めることができ

るかといえば、とにかく一生懸命生きることである。それぞれの人生

の道を極めたとき、悟りと似た人生の核を手に入れるのである。

つまり、自分に合った一番大切な一筋の道を行じて行く、この精神

を保持していくところに本来の命に目覚めることができるのである。

と瑞法師は言っています。

*観音様と対面する

「南無観世音菩薩」観音像を拝むと、これは忘れかけていたもう一

人の自分、かけがえのない自分と対面する事なのです。

本物の世界と現在の娑婆世界、本物の自分と自我にとじこもる自

分、この二つの間の交を取り持つ電話交換手のようなもの、それが

観音様です。

坐禅の坐の字という字は、人が二人土の上に居る。一人の人間

が、現在あくせくと生きている人間ならば、もう一人の人間は、あく

せく生きながらも、ああもしたい、ああもなりたい、こうもしたいと理

想として追求する人間であります。

この二人の人間が土の上に立っている。これが我々人間の姿なの

です。

観音様をお詣りするということは、現実に生きていると言う自分が、

もう一人の理想としてる自分を拝むことです。

観音巡礼というのは、本物の自分を再発見するための旅。自己確

認の旅であると言えます。

観音経の教えー1

「観音経を読む」雲輪 瑞法著より。

まず、お経と言うと線香臭い・坊さんが唱える訳の分から

ない言葉と思う方が大半でしょう。しかし、お教文とは、

人が生きて行く事に対する大切な教えを説いているものな

のです。決して無碍に出来ない大切な教えなのです。

「観音経を読む」この著書を読んで自分が感じたことを記

します。

良くお坊さんが読む「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十

五」とは法華経の中の第二十五番目に記載されているお経

です。通常は「観音経」と言われている経文です。

このお経は人間自覚のための経文であります。

*この世で第一番に難儀、難しいのは、自分自身の限りなく

揺れ動く心、どうしうもない、この自分自身との対決で無

かろうか。

人間の心とは、常にころころと変化する。だから「こころ」

と言うのであろうか。

捉えどころなき、つかみどころなきものである。先刻の自分

と、只今の自分、もろん、一瞬一秒の怠りもなくこの肉体

は変化する。が心も又限りなき移ろいさいゆくのである。

自分の寿命(死)を考える。

私は当年取って77才です。これから先何年生きられるか?時々考えます。

皆さんに若いですね('_')などとよく言われます。健康診断は毎年しています。血

圧・血糖値・コルステロール等、何も再検査と言われたことはありません。掛かり

付けの担当医も首をひねっています。たばこは吸う酒は飲む(毎晩晩酌します)

し、おかしいと言っています。

私は入れ歯は一本もありません(毎日食後には歯磨きします)。同年輩の友人達は

会えば病気や薬の話が良く出ます。姿勢も後ろから見ると老人姿勢です。私は姿勢

には注意しています。まっすぐ立って背筋を伸ばして歩くことを心掛けています。

若いと言われる由縁は姿勢にあるのかと思います。

しかし、77才です。あと何年元気でいられるか?考えます。

人間は寿命と言いますが、私は耐用年数だと思っています。人間以外では、どんな

物でも耐用年数があります。どんな良いものでも必要とされなければ捨てられた

解体されます。人間だって同じではないかと思っています。この世の中で必要とさ

れ無くなれば耐用年数終了です。その耐用年数が何時になるかが心配です。未だに

元気で居られるのは、まだ世の中に必要とされているのかな、と思っています。

自利利他の精神でこれからも皆さんのお役に立ちたいと思っています。

未だに日本全国自家用車で出かけています。今月は新潟県糸魚川まで行く予定で

す。これからも耐用年数がくるまで頑張りまーす。(^^)/

感心なお母さん。

先日相談に来訪された奥さんは感心なお母さんです。なかなか誰にも出来そうもな

ことをしています。

自分の従兄弟の子を、乳飲み子からこの春高校を卒業して、現在も自分の子供が3人

居るのに面倒を見ています。実父は東京に居るそうですが、高校を卒業して父親と

住む予定で東京に行ったのですが1か月で帰ってきてしまったとの事です。

やっぱり育ての親が良いのでしょうね。「大変なんですよ」と言いながら笑顔で話

すこのお母さんはビックママです。年齢は42才のお母さんです。偉いですね。

たとえ血の繋がりはあっても出来るものではありません。お母さんの鏡ですね。

「人情」

今日、菜園に行くと近所の小母さんが犬の散歩をしていました。自分の菜園に立ち

寄って野菜談義をしてお帰りになりました。しばらくすると又来園され、手には冷

たお茶・リポビタン・チョコレートを持って差し入れに来てくれました。嬉しい

ですね。丁寧にお礼を言って頂戴しました。家内と「なかなか出来ることじゃない

ね」と話しました。

「人情」古い言葉かもしれませんが脈々と生きていました。帰りに菜園で収穫した

キャベツを届け丁寧にお礼を言って帰ってきました。気持ちいいですね(^o^)/

因果応報。

皆さんはこの言葉を知っていますか?

因果応報

(仏) 前世における行為の結果として現在における幸不幸があり、現世における行

為の結果として来世における幸不幸が生じること。

時代が変わっても人間の本質は変わていません。よく「時代が違う」と言う言葉を

聞きますが、人間そのものは昔と一切変わっていません。何回か書きましたが、あ

なたは現代に生きているということは両親・ご先祖があってのことです。

あなたを十代遡ると1024人のご先祖様が居るのです。その人達のDNAをあなたは

引き継いでいるのです。

近所の独居老人の来訪。

近所の市営アパートにお住いの70才になるご婦人が突然来訪しました。以前に1回

近所の知り合いの夫人と一緒に来られたことがありました。家内が公園を散歩中に

知り合いになったそうです。お話を聞くと、1月に主人を亡くしその後歩行中に足

を骨折し、やっと歩けるようになったとの事でした。自宅療養中にアパートの部屋

から公園を眺めていたそうです。一人で毎日家の中でテレビを見ながら過ごしてい

たそうですが、話し相手もなく、いろいろ考えてしまって鬱病になりそうで誰かと

話がしたいと急に家内の事を思い出して来られたそうです。

そんな寂しい時は遠慮せずに何時でもお出でくださいと言ってあげると、突然テー

ブルにうつ伏し号泣してしまいました。優しい言葉を他人が掛けてくれたことに突

然込みあげてきたそうです。落ち着いてからいろいろお話を聞かせて頂きました。

栃木県出身で近くに誰も知り合いは居ないし、主人に亡くなられて、急に一人に

なってしまった寂しさに耐えられなくなってしまったそうです。

今、世の中が抱えている独居老人問題です。良くマスコミで報道されています独居

老人の忘れられた「死」です。この問題を地で行くような例です。

その後、私の菜園に案内しキャベツや三つ葉、キヌサヤなどを収穫し持たせてあげ

ました。菜園に着くと「空気が美味しく気分が晴れる」と言って元気を取り戻した

ような感じです。帰りに「また来てもいいですか?」と言ったので、何時でも寂し

くなったらおいでなさい。と言ってあげました。嬉しそうに野菜を持ってお帰りに

なりました。

これでまた、一人救うことができたような気持ちになりました。この老人問題は周

辺の人皆で考えなくてはならない問題です。

「忙しい」と言う字は心を亡くすと書きます。

仕事仲間の研究会が湯西川温泉で開催されました。ロビーでコーヒーを飲みながら

の時間に皆さん忙しい話をされています。自分から奥さんに何処かへ行こうか?と

誘ったことがない友人が居ます。忙しくてその気になれないとの話でしたので、話

をさせて頂きました。「忙しい」という字は「心を亡くす」と書きます。忙しいと

人間本来の心を亡くします。イライラしたりクシャクシャしたりして自分の心が定

まらないのです。ですから、たまには現実から離れて、ゆっくりした時間の中で本

来の自分を見つめ直すことも大切ではないか。と話しました。本人も納得した様子

で、今度そのような時間を作りたいと言っていました。

人間だれしも日頃忙しいですが、時間を作ってゆったりした気分で自分を見つめ直

す事も大切ではないでしょうか。

「感」

自分の親しい人々の状況について私の感が良く当たります。数日前のお世話になっ

た先輩、家を訪ねたのですが留守でしたが何となく入院しているのではないかと思

い家族の方に電話したところ、やはり入院していました。早速お見舞いに行きまし

たが本人は誰にも言わずにいたので見舞客は私が一番乗りでした。又、今日はマ

ミーが何処かへ行きたいと言うので車を当てもなく走らせました。数日前から行き

たいと思っていた兄の墓参りをと思い、急遽埼玉県の飯能市に向かいました。霊園

に着いたのが11時半、丁度2時間です。無事お花と線香を手向けて墓参りを終えて

兄の自宅へ向かいましたが留守でした。何となく、もしかしたら義理姉は入院して

いるのではないかと思い、兄の娘に電話したところ案の定入院していました。早速

病院の場所を聞き見舞って来ました。というように何んとなくの感が当たります。

自分でもビックリしています。

 

自分の問題の解決法は。

私の師匠の残した言葉(法華経の知恵)にある教えを記載します。

仏教のほとんどの宗派では、お経文をあげる前に次のような開経偈(かいきょう

げ)を読み上げます。「無上甚深微妙の法は、百千萬劫にも遭遇たてまつること難

し。我今見聞し受持することを得たり。願わくは如来の第一義を解せん」

これは大変すばらしいことです。「無上甚深微妙の法は、百千萬劫にも遭遇たてま

つること難し」と言って、人間は何千回、何万回も生まれ変わって、ようやくこの

度、仏様と巡り会うことができたのだという事です。お経、つまり教えを見たり聞

いたりすることが、今やっとできるようになったということです。

「如来の第一義を解せん」の如来とはお釈迦様の事です。「第一義を解せん」と

は、この世の中の仕組み、つまりお経のことです。それを身につけたいと願うこと

なのです。だから、日々お経をあげていると、一つ一つ自分のものになっていきま

す。するとお寺さんの説法などを聞いたとき「これは、お経のこの所を言っている

のだな」と言うようにわかってきて、自分でお経を解釈出来るようになってきま

す。すると、お釈迦様の教えに照らして、なんでも善意に受け取ることができます。

人間は、目の前に起こったこと、いやな事でもなんでも「これは私にとって、丁度

いいんだ」と受け止めるのが正解です。そのような受け止め方とは、「善意」です

から、結果として素晴らしいものが出て来ます。

何か問題が起こっても「これは自分に相応しい問題なんだ。よし、どうやって解決

してやろうか」という前向きのの姿勢、「善意」に受け止めるとなんでも解決出来

るのです。なぜなら、あなたの人生ですから、あなたに解決できる問題しか出て来

ませんもの。皆さんいいですか。人生には自分で解決できない問題は決して現れま

せん。

「困ったなー」と思えば、困ったことにしかなりません。人間とは、そういうも

なのです。それがお経の中にあるこの世の仕組み、「第一義」、つまり「空」な

です。

怪我や事故を起こしやすい日。

午後来訪者があり話を聞きました。何んということはないのですが、車の事故をご

夫婦で同じ日に起こしてしまったそうです。幸い軽い事故だったので良かったので

すが・・と言っていました。

連休明けの13日(一白水星)だったそうです。事故やケガを起こしやすい日があり

ます。一白水星・六白金星・八白土星の日。自分の星が北(困難宮)・北東(鬼

門)の方位にある時は怪我や事故が発生しやすいと言われています。カレンダーを

見て毎日確認して行動してください。もちろん今年の五黄土星(北)・四緑木星

(南)は誰でもご注意を。五黄殺・暗剣殺の方位です。

不思議に該当する事が多いです。

弱肉強食の現実。

我が家には茶の間の目の前(1m程度)にメジロのためのミカンを置くところがあり

ます。又その先にはスズメやシジュウカラなどのエサ台を設置しています。

毎日ツガイで来るメジロは自然で綺麗で可愛いです。私がミカンを置くと間髪を入

れず直ぐ啄ばみに来ます。ところがこの数日間メジロが来ません。いつもメジロや

スズメがエサ台に来ると必ずヒヨドリが飛んできて小鳥を攻撃していました。自分

のテリトリーと決めて他の鳥が来ると追い出そうとしているようです。それでメジ

ロは来なくなったと思っていましたが、たまたま庭に出てみたところ踏み石の側に

メジロの頭が落ちているのを発見しました。頭は直ぐに木の下え埋めてあげました

が、これでメジロが来ない理由がわかりました。ツガイのどちらかがヒヨドリの犠

牲になったのです。可哀そうなことをしました。そして自然界における弱肉強食を

目の当りにしてショックを受けました。

人間界でも色々な面で弱肉強食のシーンがありますが、目につかないので感じるこ

とは少ないと思いますが、あまりいい感じはしませんね。互いに相手を尊敬しつつ

一緒に生きたいものです。

方位除け。

2月6日(火)晴れ 友引 三碧木星  柴又帝釈天参拝。

恒例の柴又帝釈天参拝に行って来ました。今回は自分の九星が北方に位置するので

位除けをお願いしました。本堂にて方位除けをして頂きお札を頂いてきました。これ

で今年も無事過ごせそうな気がします。今日は暖かでよい日でした。

幸せのために 某食品会社の会長の言葉。

「幸せのために」という話を読みました。食品会社の会長の話です。

会社経営の大切なことは「フアンづくり」です。お客様ではなく「フアン」、日本語

で信者とも言います。

「儲」かるという字は信者と書きますから、会社が儲けたかったら信者を作らなけ

ればいけない。

たくさんの信者が居たら会社は安泰です。では、どうしたら信者になってくれるの

か、これを何時も社員に考えさせています。

それにはまず、尊敬される会社にならなくてはいけません。ではどうするか。そも

そも倒産したら当然なんにもなりませんから、いつでも良い状態で永続しなくては

なりません。社員教育をして、社員一人一人が世の中の為になるような行動をしな

くてはなりません。まずは会社が美しくなければ誰も尊敬しないでしょう。

だからまずは掃除です。業者に頼んで綺麗になっているのでは、誰も偉いとは思っ

てくれません。自分達でやらねば意味がない。

経営も同じです。単に儲ければよいのではなく、もう少し哲学的な経営論を持つこ

とです。有名な松下幸之助さんや京セラの稲盛和夫さんは若いころ肺結核を患って

います。若いころに生死の問題と向き合うことはとても大事なことだけれどもなか

なかそれは出来ません。しかし教育の根本はやはりその辺にあるのだと思います。

昔の教育は、どう生きるかとか人生はたった一度とか、道徳にかなり力を入れられ

ていましたが、今はあまり教えられていないのでしょう。知識とかスキルを教える

のが教育だと勘違いしている。

会社の経営も同じです。会社は利益を上げるのが目的と思っている人がずいぶんい

ますが、全く違います。

私は、人間の営みのすべては幸せのためにあるという結論を持っています。勉強会

を開く、学校を作る、お寺をつくる、会社を作って商売をする、そんな人間の営み

は全て幸せのためにやっているのです。皆が幸せを求めている。

にもかかわらず人間の営みの最大のものと言われる経済活動の中で、倒産があり、

首きりがあり、移転があり、いろいろなトラブルが起きて不幸な人がたくさん生み

出されているというのは一体どういうことなのか。

ですからこの会社は、たとえ大きくなっても上場はしないと決めました。上場しな

くても、みんなが幸せになれる会社をつくれば、それでいいのです。

会社は「利他」をしなければ上手くいきません。他人のため、地域のため、世の中

のためにつくしていくことです。

社員の幸せを通じて社会に貢献していくことが、企業のあるべき姿だと考えていま

す。

途中割愛してありますが、経営者としての心得を再考する言葉でした。

住職の言葉。実れば実るほど・・・

大慈院住職  戸田実山 さんの言葉より

「実れば実るほど頭を垂れる稲穂かな」

稲穂は実れば実るほど頭を垂れるものなのだ。人間も実れば実るほど、偉くなれば

なるほど頭を垂れなくてはならない。ところが近頃は大企業の偉い方や、偉い政治

家がテレビカメラの前で何度も何度も頭を下げさせられている姿が映し出されてい

ます。あれは実った稲穂が頭を垂れているのとは大違い、一体誰に誰に向かって下

げられている頭なのでしょう。多分、いつの間にか自分の力を過信し、俺は偉いん

だ。と思い違いをしてしまう。上から物を言うようになり、そのうち人を見下し、

実り過ぎてジュクジュクに熟れた柿のようになって、地面に落ちて泥まみれしま

う。

一代で世界に冠たる会社を立ち上げた偉大な起業家も、いつの間にか世界から消え

てしまう。これは、政治家や実業家だけでなく一般人・僧侶も特に気を付けなけれ

ばならない事柄なのだと思います。今時の若い僧侶は、昔の老練謙虚な僧侶程でな

いにしても、俺たちは別だ(何が別なのか解かりませんが)、という少し間違った

優越感が時たま頭を出し世間の顰蹙を買う。

今こそ「実れば実るほど頭を垂れる稲穂かな」の事を心掛けたいものです。と言っ

ています。

私もいつも思います、子供のいじめによる自殺。学校の対応に対していつも思うこ

とは、先生自身の自分の身を守るために「知らなかった」という言葉です。そして

現場の先生を統括する教育委員会の偉そうな態度です。追及されると現状を認めテ

レビの画面で頭を下げて謝る。何時もこの状況です。何度テレビで見たことでしょ

う。

昔から、誤って済むのなら警察はいらない。という言葉があります。もう一度考え

直さなければならないことです。

以前に学校の先生がお見えになり、荒れた自分の子供たちの教室をどうしたらよい

でしょうか?と相談されたことがあります。私が先生に質問しました、教育とは何

ですか?、授業とは何ですか?先生は答えられませんでした。

その意味を話してあげましたが、教育者である先生がこれでは困りますね。

 

賢者の言葉。  利他という心で帆を揚げる。

*利他という心で帆を上げる    稲盛和夫さん・五木寛之さんの対談の言葉。

 

 稲盛・・・利他という心で帆を揚げておけば必ず他力の風を受けられる。他力の

風を受けて生きる。他力を受けるためには自分で帆を揚げなくてはいけない。その

帆を揚げる作業とは何かというと、それは自分の心をきれいにして、利己まみれの

心ではなく、人様の為に何かしてあげようという美しい優しい思いやりの心にする

こと。つまり利他の心を持つという事です。利他という心で帆を揚げておけば必ず

他力の風を受けられるのです。

運命というのは心によって変えられると思っているのです。その心が信念まで高

まったものであれば、それによって運命は変えられる。

五木・・・「ここは独力で頑張ろうと、何とかしよう」という気持ちになった時

に、後ろから他力が肩を押してくれるんですよ。だから他力は自分の母なのだと、

僕はいつも言っているのです。

稲盛・・・豊かな情操というものは、心優しい心から生まれてくる。運命を変えて

ゆくというのは、他力の風を受ける帆を揚げて、仏の力、自然の力、たくさんの人

の力を受けることではないだろうか。

天地自然の神様に感謝という気持ちがない人は実業界では成功していない。

五木・・・「お陰様です」「自然万物、世間皆様方のおかげで何とか儲けさせても

らっています」「ありがたいことです」・・・・こういうお陰様でという気持ちを

持つことが大切でしょう。

禅語  帰家穏座(きかおんざ)

*帰家穏坐(きかおんざ)     邪心の無い心に帰る

 家に帰ってホットする。穏やかな気分になるという意味ですが、禅的に解釈すれ

ば悟りの世界を言ったものです。

無心、悟りの頂点。本来持っている純真無垢な精神性、清らかな真っ白な、とでも

いう赤ん坊のような邪心の無い心に帰るという事です。

諸者(住職)は言っています。最近特に間違っていると感じているのは、それは、

おじいさん、おばあさんの葬儀に孫を連れてこない親が居るという事です。理由を

聞きますと「塾があるから」「学校を一日休むと、もうついてゆけなくなる」いう

のです。今や家で家族が看取るという事がほとんどなくなっている環境で、老・

病・死というものを現実から遠ざけています。

せめて亡くなった葬儀にだけは、人の親として見せてあげて欲しいのです。

人間教育は、学校の勉強だけでは出来ないのです。人生をちゃんと歩めなければ人

間ではないのです。諸々の取り返しのつかない事件がそのことを物語っています。

悟りの世界は分からなくても、家に帰ってリラックスするという事は理解できると

思います。しかし、そういう環境が無くなってしまった時、子供が親を殺したり、

親が子供を殺したりという事が起きて来るのだと思います。

諸事業を始める前に。

諸事業を始めたい、とお考えの方は成功するために是非ご一読ください。

事業を始めて永続き出来ず途中で失敗する方が大勢います。

なぜ失敗するのか?それは始めるときの心構えが成功する人と違うからです。

成功して長く続けたいと思う方は是非ご一読ください。ちょっと考え方を変えるだ

で成功する事になる事請け合いです。 

「成功する心構え」(トップページサイドバー)をご一読ください。

観音経偈を読み終えました。

松原泰三さんの「観音経入門」を読み始め昨夜やっと読み終えました。

自分なりに納得できる内容をノートに写しながらの読破でした。大学ノート38ペー

になりました。誰でも理解できるように清書するつもりです。出来上がったら又

掲載したいと思っています。観音経はもう一人の自分発見、慈悲と勇気をと言われ

ますが、それを本当に戴いたような気がします。松原先生の本は愛読するつもりで

す。

現在は、「往生要集」源信著に挑戦しています。かなり難しい内容ですが何とか読

破したいと頑張っています。

風の音・因縁果。

大型の台風が関東地方を直撃の様子です。雨や風の音が聞こえています。

本来雨も風邪も音はしないものです。ではなぜ風の音や雨の音が聞こえるのでしょ

う。風の音がヒューヒュー聞こえるのは電線や木々に触れて音が聞こえるのです。

雨も同じように何かに触れて音がするし聞こえるのです。

釈迦(仏)の教えの中に「因果」「因縁果」という言葉があります。これは、「原

因があって結果が生じる」という事です。風は縁(電線や木々)の触れてヒュー

ヒュー音を出すのです。雨も屋根や木々に当たって雨の音として聞こえるのです。

このように人間も同じで、現在の結果は何か原因があって何かの触れて結果がある

のです。

病気や自分の問題に対して「原因不明」と言われますが原因なくして結果は無いの

です。対人関係でも同じです。よく考えてみて下さい。必ず原因が見つかります。

前にも書きましたが仏と観音様の違い。仏は「因果(必然)の法則」にいち早く目

覚める様にと人間に教えを説く役目、観音は慈悲と知恵と勇気を人間に与える役目

です。

有難う感謝です。

昨日の夕刻、知人がチョッとの時間ずれで2人来られました。いつもお世話になっ

ている知人と近くの奥さんです。楽しく話をして7時半ごろお帰りになりました。

野菜を収穫してきたので少々ですが差し上げました。

今日は、また別の奥さんが会社が休みなのでと言って3人分の昼食(すし)を持参

してこられました。食べながら世間話をして1時半ごろお帰りになりました。毎日

誰かしら来てくれますので本当にありがたいです。

昔から人が来ないような家では駄目。と言われますが、来訪者があると世間の情報

などが聞かれるので楽しいです。これも日頃の心がけでしょうか。去る者は追わず

来るものは歓迎し接待する。他人の心配や困りごとは自分に置き換えて聞く耳を

持って対応する。これが楽しい生活を送るには大切かと思っています。

釈迦と観音さま。

観音様は釈迦の脇役です。(ほとけ)と観音さまの違いは何でしょうか?


(ほとけ)は神と違い全知全能ではありません。ただ一刻も早く「因果(必然) 

の法則」に目覚める様にと、人間に願い、教えを説くのが仏(ほとけ)です。

観音さまの理念は「慈悲」と「知恵」。観音とは世の中の音を観るという事です。

誰の心の奥底にもある「慈悲」と「知恵」と「勇気」のはたらきに他ならないの

す。観音とはあなた自身の事です。あなたが気付くべきあなた自身の相(すがた)

真実の相(すがた)なのです。観音経にはそのように書いてあります。

今日は彼岸の中日です。

皆さん墓参りはお済ですか?
仏教では「此岸(しがん)」と「彼岸(ひがん)」とが説かれています。

「此岸}とは我々が住んでいる現世で欲や煩悩にまみれいろいろな苦悩に耐え忍ば

なければならない世界。

「彼岸」とは、欲や煩悩から解放された「涅槃の世界」(極楽浄土)の世界。

釈迦は「彼岸に渡れ」と教えています。

仏教の世界では大きな川(三途の川)の手前が「此岸」川の向こう側が「彼岸」で

す。ご先祖様の中にはまだ「此岸」で苦しんでおられる人や「彼岸」に到達してい

る人もいるでしょう。

お彼岸は年2回、7日間あります。この間私達は善行をしてご先祖様の誰もが「彼

岸」に無事渡れるようご供養するのが「お彼岸」です。

「般若波羅蜜多心経」は私たち普通の在家の人間が「彼岸」へ到達するための実

を教えてくれます。

西国三十三カ所観音霊場巡り。

9月3日の午前5時に出発し和歌山県那智勝浦の一番札所青岸渡寺を目指しました。

那智勝浦に着いたのは午後5時。丁度12時間です。今回は出来るだけホテルや旅館

には宿泊せず車中宿泊をしながらで軽自動車に宿泊準備をして行きました。昔は徒

歩で巡ったことを思い決めました。33カ所の距離は1000kだそうです。最後の岐

阜県谷汲の華厳寺まで順番に巡ってきました。和歌山県・大阪・奈良・京都・滋

賀・兵庫・岐阜と7県を巡ってきました。9月11日の午前中に無事帰宅できまし

た。

いい出会いがありました。若い仏師・駐車場のご夫婦・愛媛から御出でになったご

夫婦・そして楽しい住職。新しい自分発見もありました。

今回の旅で留守にして、心配だった体調の良くない家内は、近くの奥様や友人が毎

日様子を見に来ていただいたそうです。感謝です。今回の巡礼は、そういった皆さ

んのご協力によって達成できたことに心より感謝とお礼を忘れることは出来ませ

ん。

これで100観音巡りの満願です。

昔は西国三十三カ所観音霊場巡りは歩いて回られました。春の彼岸に始まって秋の

彼岸までかかったそうです。昔の人は凄かったですね。

 

子供の心の声を聞け。

最近の報道によると、この夏休み明けに自殺する子供の数が一番多い時期となって

いるそうです。

私の所へも数多くの子供の相談がありますが一番多いのが登校拒否・引きこもりで

す。自殺に関しては、その前に子供からの何らかの発信が必ずあります。親や周囲

の方々(学校の先生等)がそれに気付かないのです。気付いても見過ごしているの

です。それだけ親や周囲の方々(学校の先生等)が子供の様子を普段から見ていな

いことが現状です。

親としてのあなた方は自分の子供が普段どんな友達と交際しているか、どんな学校

生活をしているかご存知ですか?

子供が自殺や登校拒否・引きこもりになって初めて気付き慌てふためくのです。そ

れでは遅いのです。最近の報道でご存知のように「いじめ」にあって自殺してし

まったお子さんに対し先生は全く気付かなかったとか、学校内で無かったことにし

たりする風潮です。

教育委員会などは子供の立場になって対応してくれるところはほとんどないのが現

状です。何のための教育委員会なのか分かりません。皆、自分が可愛く現役中に自

分の職責に傷をつけたくないのです。知らぬふりをして問題が起こって初めて慌て

て釈明するような状況です。

親はもっと真剣に、普段から自分の子供の行動を観察し注意深く見守る事が大切で

す。そして子供の心の声を聞く耳を持ってください。学校に行く事だけが人生では

ありません。

何かあってからでは遅いのです。そんな悩みがおありでしたらご一報ください。

今迄の経験からアドバイス出来ると思っています。子供は世の宝です。

早朝の来訪者。

今朝8時ごろ来訪したいとの電話がありました。以前に来訪された方です。電話口で

泣いているような感じでしたので直ぐに来るようにと返事をしました。今日は朝か

ら雨だったので私はゆっくりして起きたばかりでした。50歳ぐらいのお母さん

す。娘さんとお父さんとの騒動で困ってしまったとの事です。いろいろお話を聞い

ていますと互いに「感謝の心」が足りないようです。そして「我」が強すぎます。

注意しなければならない「三毒=貪・瞋・痴」の表れです。まあ親子喧嘩ですが、

お互いに感謝の気持ちがあれば起きない問題ですが、人間はなかなか煩悩を取り払

うことは出来ないです。が出来るだけ自我を捨てて感謝の気持ちを忘れないように

すれば「我」を張って争いになるようなことは少なくなるでしょう。間に挟まれた

お母さんは可愛そうです。今勉強中の観音経には怒りが湧いてきたら「南無観世音

菩薩」と唱えなさい、必ず心が鎮まる。と書いてありました。皆さんも怒り心頭に

なった時これを実行してみてはいかがですか。(^^)/

観音経を読んでいます。

昨日久し振りで塗装現場に行って来ました。職人さんが作業中に車内で観音経の偈を

読み直していました。般若心経と違った観音経ですがかなり勉強になります。

西国33カ所観音霊場巡りの準備段階です。霊場巡りをして何かを掴んできたいと思い

勉強しています。しかし車中は暑かったですが、めげずに読み続けてきました。

これで2回目の読破です。

西国観音霊場巡り。

今年の目標であった西国三十三カ所観音霊場巡りを是非実行に移したいと計画して

います。坂東三十三カ所・秩父三十四カ所は終了していますので西国巡りが終了す

ると百観音霊場巡りが満願となります。以前から何んとか満願したいと思っていま

したが、年齢の事や体調の事も考えて今年が最後のチャンスではないかと計画して

います。西国霊場は延べ1000kあるそうです。また霊場も今迄になく険しいと

ころがあるようですので足腰が丈夫な内に行ってこようと思っています。家内と一

緒に行く予定でしたが体調を崩しているので自分一人で車で行ってくることにしま

した。少し足腰を鍛えて行こうと思っています。観音霊場巡りは自分のためではな

く周りの人々の安泰と幸せのために行く修行のようなものです。これで幾らかでも

今後のカウンセラー等に役立てられればと思っています。

禅の栞より「怖い心の中の独り言。」

禅のエッセイを読んでいます。その中の一説を紹介します。

2011年の東日本大震災と、それに伴う原発事故以降、座禅や瞑想に

興味を持たれる方が増えています。それは世界に言葉が氾濫し過ぎた

からだと思っています。

ネガティブな情報がインターネットやテレビや人の口から語られて、頭の

中に入ってくる。心に不安を抱いている人は、情報のほんの10%を受け

取っただけで、怖いストリーを作り上げてしまう。それが頭の中で無限に

ループして語られ出すと、ほかの人の話を受け入れられなくなるし、から

だもしんどくなってしまうのです。

苦しいのは、心の中でずっと語っている独り言が自分自身を苛んでいる

ら。けれどもそのことにはほとんどの人は気づかず、自分を苦しめてい

るのは他者だ、あるいは社会だと外部に敵を作るのです。

もちろん、社会的な状況を変えなければならないことは沢山あります。

でも、この心の中の怖い司令官の声を遮断できるのは自分だけです。

私たちは言葉を使ってしか物事を認識できません。しかし、言葉によって

自分の心を編んでゆく過程において、悩みというものも生れて来ます。つ

まり人間は言葉によって悩んでしまう性質も持っているのです。よって、悩

みの原因は「言葉」だということを改めて強く感じました。  

以上、作家  田口ランディさんの講演録より

乳癌で入院されました。

友人(故人)の奥様が乳がんと診断されて手術をしました。ステージは0だそうで早

期発見です。しかし、乳房は除去したそうです。入院前日私の所で食事会をしまし

が精神的にかなり落ち込んでいる様子でした。「普段から人のために頑張ってい

るから手術は簡単に済み回復は早いですよ。」と言ってあげました。今日病院から

メールがあり元気に順調に回復しているとの事です。良かったし安心しました。

普段の生活を感謝の気持ちを忘れずに人のために過ごしている人はこのような時に

は何もかも上手く行くようです。日頃の心の持ちようが大切です。

水子供養

6月5日に相談者の奥さん二人を水子供養に案内してきました。

埼玉県秩父市小鹿野町にある日本三大水子供養の「紫雲山地蔵寺」です。山道の奥

に開けた山を見ると誰もがビックリします。一面お地蔵様が並んでいます。その数

一万数千体それは見事なものです。北海道から九州まで皆さんが建立されたお地蔵

様です。地蔵寺は毎月一日から五日まで僧侶がご供養してくれます。本堂はいつの

間にか女性で一杯になります。一人一人お名前を読んでご供養してくれます。

水子はいろいろな弊害をもたらすと言われています。特に女性の方の病気などに多

く見られるようです。しっかりご供養をしてご冥福を祈りたいものです。今迄も子

供が授からない相談が多くありましたが、お話を聞いてご供養をするようにお勧め

しています。結果、子供が授かり喜んで報告して頂いています。それは何故だか私

にも分かりませんが「因縁果」「因果」の言葉にありますように何事も原因なくし

て結果は無いのです。その原因が水子供養であったならばと思うと納得出来るよう

な気がします。

乳がん。

友人(故人)の奥さんが健康診断で乳癌が見つかり、精密検査を受け正真正銘の乳

癌と通告されました。病状のステージはまだ初期段階でステージ1にもなってないそ

うです。が、医者の言うことには、乳房を切除するとの事で本人はかなりショック

を受けています。主人を亡くしてからは結構頻繁に相談に来ています。真面目な方

で信仰心も厚い人です。6月2日に手術の説明があるそうです。本人は悩んでいま

す。何とか乳房を切除しない方法で出来ないものかと?

乳癌はご先祖様の中に「子育て放棄」した方がいらっしゃると後世の誰かに乳癌が

発症すると言われています。本人のご先祖様にも居ることが分かりました。しっか

りこのご先祖様をご供養することが大切です。何とか簡単に手術が成功すること

願っています。

突然の嬉しい電話。

2014年の8月終盤にうつ病でお預かりした21才の娘さん、殆ど口をきいてくれな

かったのですが2か月間一緒に暮らしました。私の力不足で完治させることは出来ま

せんでした。その後連絡が取れなかったのですが病院に入院して治療していたよう

です。

昨日の朝突然の電話がありました。それはもう今までの声ではなく元気いっぱいの

声でした。父親の知り合いの方の所へ就職することになったそうです。叔父さんに

会いたいと何度も言ってくれました。東京へ向かう車からの連絡でした。ずっと心

配していましたが社会復帰が出来たことに嬉しくて込みあげてくるものがありまし

た。本当に良かったです。そのうちにお会いできると思っています。楽しみに待っ

ていようと思います。元気にやってくれることを祈っています。

禅の言葉「両忘」

両忘」禅の言葉にありました。

                 「やる」とか「やらない」とかこだわらない。

人間はいつも迷いの中にいます。何か行動を起こそうとするときも、「やる

べきか、やらざるべきか」と迷う。現実的な迷いは、それをやったら「得か、

損か」ということかもしれません。

禅語の「両忘」は、善悪や迷語など、対立する概念を忘れ去った自由平等

な境地を意味する言葉です。善いとか悪いとか、勝手なレッテルを張らず

に、あるがままを受け取る、と言ったところでしょうか。

中国南北朝時代の僧・宝誌禅師の残した言葉です。「両忘すれば常に心

は静寂の境地となり、自然に真理と一体となることが出来る」

ああだ、こうだ、というはからいを忘れてしまえば、心はシーンと静まりか

えって、騒ぐところは一つもない。そんな心地の良い境地でいれば、おの

ずからの真理の中で生かされていることがわかる、といった意味でしょう。

自分の目の前にあるもの、たとえば、仕事でもそれ自体には得も損もない

のです。

思い切ってそれを忘れ、もっと楽に、自由に取り組んでみませんか。

と書いてありました。損得で生きていると静寂な心は生まれないでしょう

ね。

論語で見つけた言葉。

「徳は孤ならず必ず隣あり」
*徳のある人は孤立することなく、必ず良き協力者にめぐまれる。

たまたま読んでいた本に出ていましたので記載しました。仏教ではよく

「徳」を積みなさいと言われますが、徳とは何ですかと聞かれますが、

「自利利他」「忘己利他」という言葉になります。自分の利より他人の利

優先しなさい。ということですね。

なかなか難しい事ですが徳を積む人に悪人は居ないと言われています。

報告がありました。

今日正午頃市内のご婦人がしばらくぶりで訪ねて来ました。今日は休日なので先祖

の墓参りに行っての帰りと言っていました。

秩父の地蔵寺に行ってきたとの報告でした。結構遠かったと言っていましたが、

行ってきてとても良かったと言っていました。娘さんと二人で行って来たそうです

が、それなりの収穫はあったようです。再度旦那さんと行ってくるそうです。紫雲

山地蔵寺は日本三大の水子地蔵です。行ってみると誰もがビックリします。水子の

ある人は是非供養に行ってみてください。毎月1日から5日までは住職が滞在してい

ます。水子はいろいろな問題を起こします。代表的なのは、ご婦人の下の病気で

す。そのほかにもいろいろな障害を起こしますのでご供養してください。

子供が授からない場合にお参りすると授かった例がたくさんあります。

禅語   「当たり前のこと」をやればいい

平常心是道・・・へいじょうしんこれどう     禅…心の大掃除より

禅の言葉にあります。飾らない自分を見つけることが「悟り」と説いてい

ます。

「悟り」と聞けば、長きにわたる修行の末ようやく到達できる。特別な境

地だと考えている人が多いのではないでしょうか。

しかし、禅語は「平常心是道」と教えています。日々、当たり前のことを当

たり前にやっている心こそ道であり、悟りもそこにある、という意味です。

茶人の千利休も、茶の湯について「茶の湯とは、ただ湯を沸かし、茶を点

てて飲むばかりなるものとこれ知れ」という言葉を残しています。

なにも道を究めようなどと、力むことはないのです。ただ、今やるべきこと

を自分の命を込めて当たり前にやっていればいい。命を込めるとは、ひた

すら取り組むこと、といっていいかもしれません。

誰にもその瞬間、瞬間になすべきことがあります。それは仕事かもしれな

いし、勉強かも知れません。しかしいずれにせよ、「何かのためにする」

「これすれば何かが得られる」などと、とらわれることなく、目の前のことに

中して自分を投げ込む、そこに飾らない自分の姿があり、その心こそが

「悟り」でもあるのです。と言っています。

禅語   身の丈で生きる。

名利共休・・みょうりともにきゅうす。

禅の言葉にあります。

世間での名声や、豊かな富を手に入れれば、誇らしい気持ちになるもの

です。ただし、それは自分だけの「心の褒美」と心得ておくくらいがいいで

しょう。

名利共体とは全体では名声や利得に執着しない心を持つ、という意味で

す。

名声や利得を笠に着てふんぞり返ったり、傲岸不遜に振舞ったりするの

は、全体に、名声や利得に執着しているから。そんな態度を続けても、一

時は周囲に大勢の人が集まってくるかもしれませんが、もし名声や利得を

失ったらどうでしょうか,おそらくクモの子を散らすように人々は離れていく

はずです。

名声も利得もずっと持ち続けられるものではありません。何かあれば、い

とも簡単に消え去ってしまうものです。そんなものに執着せず、日常の中

で心の充足を見つけるようにしましょう。と言っています。

私の友人も会社が全盛のころは多くの人たちが集まって来て友人をちや

ほやしたものですが会社を〆た途端に誰も寄り付かなくなりました。みん

な自分の利得を考えて集まって来ていたのです。人間は寂しいものです

ね。

私は今でもその友人と付き合っています、それが利害を超えた真の友人

ではないかと思っています。

人間の悩みの基は「煩悩」にあり

現代でも「人情」は捨てたものじゃない。

家内の退院後、知人の奥様が「肉じゃが」を作って届けてくださいました。

嬉しいですね。また、友人が私の好きなポンパドールのフランスパンを

2回にわたり届けに来てくれました。また、数日にわたり家内の状況を見

に来ていただいたりと「人情」古い言葉に聞こえますが未だに生きていま

す。嬉しい限り感謝感謝です。

世の中捨てたもんじゃないですね。

これからも人のお役に立てるよう精進します。

五月病?

五月に入り連休明けに多く発生すると言われる5月病。

新入社員に多いようですね。

早くも1件ありました。職場での人間関係で先輩社員の言葉の問題でし

た。

まだ就業したばかりの何も知らない若者に対する言葉遣いには、先輩社

員諸氏は注意しなければなりません。ちょっとした事にも戸惑う新入社員

です。

相談者は、何とか納得?我慢して就業していてホットしています。

最後の拝顔。

16日に亡くなった知人のお宅へ伺って拝顔し線香を手向けてきました。

穏やかな顔で眠っていました。人は生前に善行をしていると、亡くなった

時に穏やかないい顔をして居ります。悪行をしていると、それなりの顔に

なります。人は生前でも死後でもその人の心持が顔に表れています。

私は、顔を見るとほゞその人の心持が分かるようになりました。人間は善

行をしてポジテブに生きようではありませんか。明るく生きることが幸せに

つながります。

[ 性善説」

「性善説」と言う言葉がありました。

人間は善を行うべき道徳的本性を先天的に具有しており、悪の行為はそ

の本性を汚損・隠蔽することから起こるとっする説。正統的儒学者の人間

観。だそうです。孟子の首唱。

人は誰でも仏性を持っている。と同じような言葉ですね。

禅の心・「平常心是道」

禅の言葉に「平常心是道(へいじょうしんこれどう)」と言う言葉がありま

す。

「当たり前のこと」をやればいい。飾らない自分を見つけることが「悟り」

{悟り」と聞けば、長きにわたる修行の末にようやく到達できる。特別な境

地だと思っている人が多いのではないでしょうか。しかし禅語は「平常心

是道」と教えています。日々、当たり前のことを当たり前にやっている心こ

そ道であり、悟りもそこにある。と言う意味です。

茶人の千利休も、茶の湯について「茶の湯とは、ただ湯を沸かし、茶を立

てて飲むばかりなるものとこそ知れ」と言う言葉を残しています。なにも道

を究めようなどと、力むことはないのです。ただ、今やるべきことを自分の

命を込めて当たり前にやればいい。命を込めるとは、ひたすら取り組むこ

と、と言ってもよいでしょう。

誰にでもその瞬間、瞬間になすべきことがあります。それは仕事か勉強か

もしれません。しかし、いずれにせよ、「何かの為にする」「これをすれば何

かが得られる」などと、捉われることなく、目の前のことに集中して自分を

投げ込む。そこに飾らない自分の姿があり、その心こそが「悟り」でもある

のです。と教えています。

禅の教え。「不生不死」

もっと肩の力を抜くには          
「生まれて、死ぬ」・・・・・ただそれだけ
生まれて、死ぬ。どんな人でもこの摂理から逃れることは出来ません。

だからこそ、少しでも長く生きることを願い、死ぬことに対して不安や恐

れを抱くことになるのでしょう。

禅語に「不生不死」と言う言葉があります。生死は変えようのない絶対

的なものだ、と言う意味です。

生も死も、私たちの手の及ばない絶対的なものなら、それについて思い

悩んだりしたって仕方ないのではないでしょうか。摂理に任せるほかあり

ません。任せきってしまえば、こだわる必要もなくなります。

「こんなふうに生きなくちゃ」とか「死ぬまでにこれだけはしておかないと」

といった縛りが心から消え去っていくのです。今この瞬間、自分が生きて

いる。「それだけですごいじゃないか!」と思える。その‘すごい自分,を真

剣に、そして、淡々と生きたらいい。

禅の心に沿った肩の力が抜けて生き方とは、きっとそんなものだと思うの

です。 

と書いてあります。なかなか難しいことですがそんな心境に慣れたらいい

ですね。

 

秋の彼岸入りです。

彼岸は日本独自の風習だそうです。彼岸にはご先祖様に感謝しながら

墓参りをしましょう。

彼岸の意味について記しまうす。

彼岸とは、「彼の岸」すなわち「悟り、涅槃の境地」を意味し、その語源は、

サンスクリット語「パーラミター(波羅蜜多)」の漢訳語「到彼岸」からきて

ます。

煩悩と迷いの世界である「此岸」から悟りの世界「彼岸」へ到達するため

に、「六波羅蜜」の修行を行ないます。彼岸はその修行をするための期間

でもあります。

※六波羅蜜(ろくはらみつ)とは、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧とい

  う六つの実践徳目。

六波羅蜜とは

布施波羅蜜:他人に対して広く施しをする実践。 (ふせはらみつ)

持戒波羅蜜:日常生活の諸規則を守る実践。   (じかいはらみつ)

忍辱波羅蜜:じっと我慢する実践。       (にんにくはらみつ)

精進波羅蜜:あらゆる努力を惜しまない実践。  (しょうじんはらみつ)

禅定波羅蜜:現在していることに心を集中させる実践。(ぜんじょうはらみ

つ)

般若波羅蜜:智慧を理解し実践し、上記五つの実践を支える。(はんにゃ

はらみつ)

彼岸こそ「菩提(ぼだい)」すなわち悟りに到達するための実践行をなす期

間として設定さ れた、仏教徒のための修業期間であったとされています。

彼岸の入り・彼岸の中日・彼岸明けということが言われていますが、もとも

とは、中日を はさんだ六日間の間に六波羅蜜多の一つを実践するすると

言うのが、彼岸の起源だったと 言われています。

お彼岸には、お墓参りをし、お花や線香を供え、真心の合掌を捧げる修行

が大切ですが、お参りは一度行ったら、後はほったらかしにするのではな

く、彼岸参りに限らず何度でも繰り返し行なうことが肝心なのです。

次兄の死。

病気療養中の次兄が7日に亡くなりました。眠ったままで苦しまずに亡く

なったそうです。通夜式告別式と所沢まで行ってきました。残念です。5人

兄弟のうち二人が亡くなり長兄と私と弟の3人になってしまいました。寂し

いですね。人間は生まれたからには死を迎えなければなりません。何人も

これを避けることは出来ません。仏教の言葉に「生老病死」とありますが、

正に人生は儚く短いものです。今を大切に一生懸命生きることにしたいと

思っています。

 

相手を思う。

人は、自我を捨て、相手を思い、感謝の気持ちを忘れない事が大切です。

自分が変われば相手も変わるものです。全て、自分に起こる問題は自分

に原因があると思ってください。相手や周りに問題があると思っているうち

は、まだまだです。心の持ち方次第で人生は開けるものです。

禅の教え。「卒哭」

「卒哭」 (そっこく)  生き方を変える。

自分が変わらなければ、前途は開けてこない。

過去を引きずって過去に執着すれば、今がなくなる。

未来はすぐに今になり、今は直ぐに過去になる。

過去にこだわると未来が見えない。

と、あります。何か自分に感ずる事はありませんか?

兄の見舞い。

兄が胃癌の手術をしたのですが術後の経過が思わしくなく、余命を宣告

されてしまいました。兄は81歳です。

今日、所沢まで見舞いに行ってきました。落ち込んでいたようですが、行

ってみるとやせ細ってはいましたが元気なので一安心しました。やっぱり

兄弟に会えるのを待っていたようで、かなり嬉しかったようでした。世話に

なった兄なので本当に心配です。又近いうちに会いに行こうと思っていま

す。兄弟の訪問は、本人にとってかなり嬉しく元気を取り戻すようです。

詩 「梅の実」

うめがとれた

きれいなみ まるいみ 

おおきいみ やせたみ

そばかすのみ

みんなちがうかお

にんげんみたいだな

もとをただせば みんなうめだ

釈迦の教え・「自業自得」

「自業自得」と言う言葉があります。あまり良い意味では使われていない

ようですが、良し悪し、どちらにも通じる言葉ではないでしょうか。

人間は、自分に起こる問題は全て自分に原因があり、自分で解決できな

い問題は起こらないと言います。

何か自分に問題が起こった場合は、冷静になってよく考えてみてください。

必ず自分に問題があったことに気付くはずです。もし自分で原因が分から

ず解決できない場合は、ご遠慮なくお問い合わせください。

禅の教え。「却下照顧」

「却下照顧」 (きゃっかしょうこ)と言う言葉があります。
足元をきちんと見なさい。と言う意味だそうです。足下とは拠り所となる自

分の心と言ってもいいですが、心が整っていなければ、拠り所とはなりま

せん。心を整える…それはまさに足下にあります。脱いだ履物があちこち

脱ぎ散らかす、履物が乱れていても気にならないという事は、それだけ心

が整っていないからです。

忙しいとつい脱ぎっぱなしになりがちですが、「忙」とは「心を亡くす」という

事です。心ここにあらずで、心が整っていないことが、履物に表れてくるの

です。いつでも履物を揃え整えて、ふっとひと呼吸置くくらいの余裕を持っ

ていれば、それだけ心が整ってくるから不思議です。普段からの行為が大

切なのですね。

古代ヒンドゥー哲人の言葉。

古代ヒンドゥーの哲人の言葉に「意識」が変われば「態度」が変わる。

「態度」が変われば「行動」が変わる。「行動」が変われば「習慣」が変わ

る。「習慣」が変われば「人格」が変わる。「人格」が変われば「人生」が変

わる。「人生」が変われば「運命」が変わる。「顕在意識」と「潜在意識」を自

己の内面において変えることによって、人は大きな力を発揮することがで

きる。ベルグソンは言った“自分の未来は自分次第だ”…………

悩める現代人の参考にしては如何でしょうか。

禅の言葉 「お陰様で」

「ご恩」を感じながら暮らす。

「お陰様」の心で私たちは生かされている。

普段何気なく使っている言葉に、「おかげさま」があります。この「お陰様」

とは、陰に隠れて見えないご先祖様やご縁をいただいた方々のこと。

その存在があって今の自分がある、と言う感謝の思いが込めれれていま

す。食べ物にしても私たちは当たり前のように毎日いろんなものを口にし

ていますが、禅では、その陰には100人の方の見えない恩恵があると教

えています。

仕事だって、目には見えない大勢の人のご縁がつながっているからこそ、

自分がそれに携わることができ、生活を支えてくれている。お陰様によって

生かされている自分を、それぞれに感じることが大切です。

禅の言葉。毎日を「丁寧に生きる」

「不生不死」 (ふしょうふし)・・「生まれて、死ぬ」ただそれだけ    

もっと肩の力を抜く生まれて、死ぬ・・・・どんなひとも、この摂理から逃れ

ることは出来ません。だから、少しでも長く生きることを願い、また、死に

ことに対して不安や恐れを抱くことになるのでしょう。

「不生不死」と言う言葉は、生死は変えようのない絶対なものである。と言

う意味です。

生も死も、私たちには手の及ばない絶対なるものなら、それについて思い

悩んだりしても仕方ない、摂理に任せる他はない。という事になりません

か。要はこだわる必要もないことになります。

「こんなふうに生きなければ」とか「死ぬまでにこれだけはしておかなくて

は」とい言った「縛り」が、心から消え去ってゆくのです。今この瞬間、自分

が生きている。「それだけですごいことじゃないか!」と思える。その「凄い

自分」を真剣に、そして淡々と生きたらいい。禅の心に沿った肩の力が抜

けた生き方とは、きっとそんなものだと思うのです。…と書いてあります。

森羅万象、自分ではどうにもならない摂理、悩んでもどうにもなりません。

自然に任せてもっと肩の荷を下ろして生きようではありませんか。

毎日を「丁寧に生きる」禅の言葉。「挨拶」

「挨拶」が禅語だという事をご存知ですか。「挨拶」は「心と心で会話する」

ための言葉。

「挨}も「拶」も押し合うという意味です。元来、禅僧がお互いに押し問答し

て相手の悟り程度を知ることを「挨拶」と言ったそうです。もともとの挨拶は

相手に働きかけて、その心の状態を知ろうとするものだったのですが、こ

れは現在の挨拶にも共通していると言えるでしょう。

「おはようございます」と声をかけて、相手から返ってくる挨拶の調子で、何

となく相手の心の状態がわかる。また、相手にもこちらの心が伝わってい

きます。明るき元気な声であいさつを交わせば、心と心でいいエネルギー

が交換できます。そして、お互いに気持ちよく1日のスタートが切れるはず

です。何を言っているかわからないような挨拶はやめて、スッキリと1日を

過ごしましょう。

禅の言葉「心の荷物」をソットおろすコツ。

身の丈で生きる。「名利共休」 (みょうりともにきゅうす)

禅の言葉で「名利共休」と言う言葉があります。

名利は「名聞利養(みょうもんりよう)」の略だそうです。

全体では名声や利得に執着しない心を持つ、という意味です。名声や利

得を笠に傲慢にふるまったりするのは、まさに、その名声や利得に執着

ているから。そんな態度を続けても、一時は周囲に大勢の人が集まって

来るかもしれませんが、もし、名声や利得を失ったらどうでしょうか。おそら

く、クモの子を散らすように人々は離れていくはずです。

名声も利得もずっと持ち続けられるものではありません。何かあれば、い

とも簡単に消え去ってしまうのです。

そんなものに執着せず、日常の中で心の充足を見つけるようにすることが

大切です。

お年寄りに席を譲った自分をふっと好きになる、と言った簡単なことでいい

のです。むなしい名声や利得よりも、ずっと心を豊かにしてくれます。

と言っています。心が貧しいことは寂しいことですね。

お悩みの原因は「莫妄想」ではないですか?

「莫妄想」(まくもうそう) 自分で心配の迷路を作っている人へ   禅語。

わざわざ心配の種を探していることは、ありませんか?

過ぎたことを何時までもくよくよ考えて、ため息をついている人。これから

先のまだ見えぬことを思い悩んでいる人。その悩みは「妄想」の仕業で

す。現実の起きてもいないことをあれこれと頭の中で組み立てて、そのあ

りもしない事に自ら捕らわれてしまう。それが妄想の力、抵抗しないでいる

と、あっという間にあなたを蝕んでしまいます。

やる気もなくなり、ものごとを素直に捕えることも出来なくなってしまいま

す。

そんな自分に気づいた時は、「莫妄想!」と叫びましょう。妄想することな

かれ。悩んだ時は、あなたが育ててしまったその「妄想ストーリー」に気付

いてください。そして、無垢な気持ちで現実だけを見てみましょう。

頭の中に心配の迷路を作って、自分から迷い込むなんて、ナンセンス!   

という事だそうです。

真理のことば。

「法句経」は真理の言葉。ブッタの教えを集積したものです。

物事は心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも、汚れ

た心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人につき従う。・・・・車引

く(牛)の足跡に車輪がついて行くように。

子育てに苦労しているお母さん方へ

「道しるべ」シリーズ。として初版に「あなたは子育てに悩んでいませんか」

を、小冊子で作っています。ゲラの検修も済み、いよいよ発行の運びとなり

ました。無償で配布したいと思っています。

読書

今日は、いくらか体調が良いのでベランダの日当たりで椅子に掛けて本

を読みました。朝比奈宗源著「人はみな仏である」白隠禅師座禅和讃・

一転語です。いろいろな本を読みますがやはり相談者に対応するために

仏教に関する本が多いです。どんどん読み進むという事は内容に魅力を

感じるかでしょうか?この本も私には為になる本です。禅に関する本は結

構面白いですよ。宗教に偏見を持たないであなたも読んでみませんか?

自分の運命は自分が開く。

持って生まれた宿命は変えることが出来ませんが、運命は変えることが

出来ます。2600年も前にブッタは現在も言い伝えられている運命論を

説いています。自分の運命は自分が開く。

今迄自分の運命が良かった人はどうしてでしょう。また悪かった人はどう

してでしょう。それは「因果の道理」を知らないからです。「因果」とはすべ

ての問題や自分に起こる様々な問題や苦しみ、それは原因があっての結

果です。それを因果関係とか因果報酬と言う言葉で表されています。

「善因善果」「悪因悪果」「自因自果」「廃悪修善」などのことです。

「善因善果」善いことをすれば善い結果を得られる。善い種を蒔けば善い

芽が出る。

「悪因悪果」悪いことをすれば悪い結果が出る。悪い種を蒔けば芽が出な

い。

「自因自果」自分のまいた種は自分で刈り取る。

「廃悪修善」悪いことはやめて善いことに改める。

私たちは小さな頃から「はなさか爺さん」の話を聞いてきました。皆に善い

ことをしていたお爺さんが桜の枯れ木に灰を掛けたところ綺麗な桜の花が

咲いたのです。真似をして悪いことをしていたお爺さんが同じく灰をかけた

ところ花は咲かなかった、と言う話です。これが「善因善果」「悪修悪果」と

言われるたとえです。

幸福な運命は善い行いから生まれる。善いも悪いも自分の運命のすべて

は自分のまいたタネが生み出したものですよ。と説いています。自分に降

りかかった問題は誰のせいでもないのです。すべて自分の行いの結果な

のです。問題を他人のせいにすることはなりません。今年から自分の運命

を善くするために「善因善果」で行きましょう。

心の禅語・「棺の蓋いて事定まる」

「棺を蓋いて事定まる」
 人間の真価は棺の蓋をして初めてその人間の評価が定まる。

と言う言葉です。世間には金や名誉を異常に欲しがる人がいますが。

そんなもので人間の価値観は決まるものではないでしょう。いかに世のた

め人の為に尽力したか。それが最終的にその人の評価を決めるのではな

いでしょうか?

本の紹介。

若い方から定年前の皆さんに、特に40代からの方にお勧めの本です。

「林住期」五木寛之著 幻冬舎文庫 (490+税)

大変面白く自分の将来計画に役立つような内容の本です。お勧めです。

自分の「死」について考えていますか?

親しい仲間の友人が17日に肝臓がんで亡くなりました。昨夜の通夜式

・今日の葬儀と参列してきました。

親しい同年輩の友人が欠ける事は本当に悲しいものです。8人の仲間の

内二人が肝臓がんで亡くなりました。

一人は痴呆症にかかり何処へも出られません。年配になると仲間が次々

と病気になったり、逝去したりします。

明日は我が身かと身につまされます。人間は生まれたら最後、死を迎えな

くてはなりません。これを避けることは出来ません。如何にして悔いのない

一生を送ることが出来るのか、今考えることが大切ではないでしょうか。

私は常に人の為に尽くす一生を送ろうと思っています。現在サイドワーク

でカウンセリングをしていますが、これを一生の使命として行きたいと思っ

ています。唯一無料の相談所です。

ブッタの教え・人生は苦なり。

四苦、「生・老・病・死」と言う言葉があります。人間は生まれながらに

「苦」を持って生まれてきます。やがて年を取り病気になって死を迎えるわ

けです。これは誰も避けて通ることはできません。

どんな裕福な人貧しい人でも、頭が良くても悪くても誰も同じです。悩みや

苦しみを持たない人など決していません。生きているうちに善行を積み老

後は安らかに、そして静かに自然な最期を迎えたいものです。

気分転換になると思って

ウツ病でお預かりしている娘さんを連れて家内と3人で福島県高湯温泉

に1泊してきました。部屋からの景色に感動した様子でした。温泉にも3回

入ったようです。チョッとだけ気分転換になったようですが、普段出歩かな

いので疲れた様子でした。このまま順調に回復してくれれば幸いです。

肝臓がん。

知人が肝臓癌で手術をしたのですが、今一調子が良くなく、転移の疑い

があると言われて放射線治療をしたそうです。あまり元気がないとの事な

ので話し相手に行ってきました。

術後に抗がん剤治療をしたのですが副作用が激しくて現在はしていない

と言ってました。その代わりに漢方薬を調合してもらって服用しているとの

事でした。その後は食欲も出てきて現在のところ体調が良くなって来言っ

て通常の生活をしています。快方に向かってくれることを祈ります。

肝臓がんは何故起きるのでしょうか?仏教感から言いますと。ご先祖様の

中に幼くして、はやり病で亡くなった方が居られますと、どうやら肝臓や腎

臓などをやられる事になりそうです。昔は殆どの家に幼くして流行病で亡く

なられた子供さんがいたようです。きちんとご供養されていれば問題ない

もですが、もし、ご供養が本人に届いてないと問題が起こるようです。以前

にも書きましたがご供養とは、亡くなった本人にその死因を教えてあげるこ

となのです。これが本人に届けば納得して成仏してくれます。それには一

度のご供養で届く場合もありますし数度ご供養しなければならない時もあ

ります。これを「因縁を切る」と言うようです。ご供養が届けば快方に向かう

でしょう。これは、私自身、他の方の相談で実証済みです。肝硬変でイン

ターフェロンを投与されていたのですが、ご供養したら血液検査の結果完

治していました。その後インターフェロンの投与はお断りしたそうです。現

在はシルバー人材センターで働いていると言うことです。

世の中には不思議が一杯です。2500年も以前にお釈迦様が説いたと言

われている事を実践したらこのような結果が出たのです。摩訶不思議です

ね。

こんな簡単なことで元気になれるなら現在肝臓病で苦しんでいる方は実践

してはいかがでしょう。

立ち直りました。

1年以上前から高1の子供さんの、引きこもり・登校拒否の相談を受けて

何度かアドバイスを続けてきました。

先日その子が訪ねてきました。すっかり明るくなり体も大きくなり元気な姿

を見せてくれました。

お母さんからは週に2回ぐらいづつ電話連絡を受けていたので状況は大

体わかっていました。今年の初め頃から自分で通信制の高校に通い始

め、アルバイトもしバイクの免許も取得しました。また先日は中学時代の

友人と花火を見に出かけたそうです。友人が変な目で自分を見ているの

ではないかと心配したようですが、全くそのようなことはなかったようで本

人も安心し自信がついたようです。

すっかり元気になり元に戻ったと思いました。良かったですし安心しまし

た。お母さんからもお礼の電話を頂きました。私も少しはお役に立てたよう

です。

「因縁果」の言葉を知っていますか?

何事の問題も全てに「原因」があります。その原因が「縁」に触れて結果を

表します。これが「因縁果」です。

人が集まると、いろいろな話の中で「困った」という話が出てきます。子供

や仕事・病気などの問題が多いです。それぞれ原因があるのですが、そ

の原因は誰も解らないし感付かないのです。

先日も後輩から、85歳になる親父が脳梗塞を患って左半身が利かなく

なって杖を突いていたのですが、現在は杖も使えず歩くことが出来なくなっ

てしまったとの話でした。困っているんです。とのことでした。

先ず、頭の病気は人の話を素直に聞く耳を持たない「頑固者」がなりやす

いです。

次に左半身に障害がおこる。ということは、自分に原因があるのです。今

迄の考え方や生き方に問題があると右の脳が侵されるようです。ちなみ

に、右半身に障害が出る場合は左の脳が侵されているということです。左

の脳の原因は、ご先祖様の問題です。即刻、ご先祖様のご供養をして下

さい。きっと快方に向かうでしょう。

仏教の教え・中身は?

お釈迦様の説かれた仏法は、2500年以上も延々と伝わり現代に受け

継がれています。

仏法(お釈迦様の教え・皆さんに知られる法華経や般若心経)の中身は、

お葬式でお坊さんが唱えるためにあるものではないのです。では何を説

いているのかと言いますと、人間としての生きる道筋を説いてくださってい

るのです。人はこんな風に生きるのですよ。ということの指導書なのです。

決してお葬式のお経ではないのです。

皆さんも一度、一番入りやすい般若心経をひも解いてはいかがでしょう。

お勧めします。解りやすい本が沢山出版されていますから自分に一番

合った本を選択してください。

「怒りの心を断つべし」

仁を積むための八則・・鎌田柳泓より

第一に「怒りの心を断つべし」と鎌田柳泓は戒めている。その真意は何

か?

人間だれしも腹が立つときはある。だが、自尊心が傷つけられたからとい

う理由で、発作的に怒ってはいないだろうか?人間が腹を立てるときの大

半は、実はこの自尊心が傷つけられたからというのが深層部分の理由な

のである。

人間は一生の間、絶えずどこかで自尊心を傷つけられながら生きているも

のであろう。その時に自分の自尊心の水位を少し低くして、自らどこが足り

なかったのかと反省するのが望ましい生き方だと思う。

もちろん、抑えるばかりが能ではない。それではストレスが溜まってしまう。

だが、その怒りの情を他人にぶちあけるのではなく、自分でうまく処理する

のが、賢明な生き方の知恵と言えるだろう。

アメリカのジェファーソン大統領は、「腹が立ったら十まで数えよ。うんと腹

が立ったら百まで数えよ」と言っていますが、怒りへの対処の仕方を覚え

たいものである。・・・・・・・・と、書いています。怒りへの対処の仕方が出来

ると、また一回り人間が大きくなれるような気がします。

充実して生きる。

貫き通してこそーーー「唐書」より

人は何らかの目標をたてる。そのとき、その願いが叶うかどうか、さきくぐ

りして考えない方が良いだろう。目標を実現することが肝心なのではない。

目標に向かって一歩一歩進むことが大切なのである。

もともと人間の寿命は約束されていない。人生とは生き続ける事である。

生きることに張り合いを感じること、それが人生の喜びである。到達が問

題なのではない。過程こそが人生のすべてなのである。

と書かれています。人生の喜びを感じていますか?

「一日一善」

一日一善。なかなか出来そうで出来ませんね。仕事関係では何かしらし

ていますが、普段の生活行動の中では難しいものです。

今日の一善は達成することが出来ました。

菜園に行くと、隣の菜園の老夫婦が鍬で菜園を耕していました。見たとこ

ろ大儀そうなので自分の菜園作業前に耕運機を出してお隣の菜園を耕耘

してあげました。

大そう喜ばれてお礼を言われました。お礼にと「赤ねぎ」を頂きました。早

速、自家菜園に植付けました。気分がいいものです。また徳を積ませてい

ただきました。

何でもいいから「一日一善」してみてはいかがでしょうか。そのチャンスは

自分の周りに沢山ありますよ。「徳」を積んで幸せになりましょう。

 

 

 

春分の日(彼岸の中日)

今日は彼岸の中日です。皆さん墓参りはしましたか?

せめて彼岸・お盆くらいはご先祖の墓参りに行きましょう。そして今生きて

いることに感謝し、お礼を言いましょう。なぜなら、今の自分がこの世に存

在するという事は両親・そのご先祖様が居られたからです。楽しくても悲し

くても、苦労が多くてもご先祖様に感謝です。

人は生まれた時から「苦」の連続なのです。「苦」を乗り越えることに努力

することが「人生」ではないでしょうか。だから人生は「四苦八苦」なので

す。

困ったことが起きた時は、ご先祖様の墓前にに焼香しながら「何か良い知

恵を教えてください」とお願いすると、良い知恵を授けてくれることがありま

すよ。是非、試してください。

瞋恚(しんに)(怒り)

自分自身、相談者や来訪者に瞋恚についての話などをしていますが、私

も煩悩から抜け出すことは出来ずにいます。今日は仕事の話の行き違い

から、あまりに理不尽なことを言われてしまったので、つい頭に血が上り電

話で怒ってしまいました。(ーー゛)

まだまだ修行が足りないですね。気を付けます。

最近思うことは、ツイッターで友達承認依頼がありますが、承認しなけれ

ば相手のプロフィールが分からないというのです。友達になりたかったら

自己紹介は当たり前ではないでしょうか。

このご時世は違うのでしょうかね?理解が出来ません。

皆さんのご意見をお聞かせください。

 

 

子供の暴力行為。

子供の暴力行為の相談があります。なぜ暴力をふるうのか?家族は困

ってしまっています。

原因は少なからずあります。本人は知らずのうちに暴力行為をしてしまう

のです。

一番に考えられるのはご先祖様です。2〜3代前のご先祖様に同じような

人が居るのです。

相性に良い子孫に現れるのです。このような場合は、しっかりそのご先祖

様のご供養をする事です。あの世で償いをさせられて苦しんでいるので

す。

人は死んでしまうと「無明」と言って生前に行為を全て忘れてしまうと言わ

れています。現世での行為に対する償いをさせられるのです。本人は無明

ですから、なぜ償いをさせられるのか分からず苦しんでいます。それをご

供養で教えてあげることです。ご供養が本人に届けばスッと治ってしまうも

のです。

心の優しい人

昨日、相談に来られた方は東京から来ました。水戸駅まで迎えに出てあ

げました。

地味な服装のお嬢さんです。いろいろ大変な悩みを抱え、乗り越えようと

頑張っているのですが、自分自身がどうすればよいのか分からなくなった

ようです。

いろいろお話を聞いていると、聡明でしっかり者です。美人です。心もお

も優しい方でした。いろいろな人がいますが、美形で優しい心の持ち主

は少ないものですよ。午後1時にいらっして夕方5時のころまでお話をしま

した。帰りは顔付が若干明るくなったように感じました。水戸駅までお送り

して帰ってきました。

感謝の気持ちを忘れず・徳を積み・笑顔で毎日を送って頂ければ必ず運

命は開けてきます。

チョコレートのお土産を頂いてしまいました。有難うございました、美味し

かったです。

 

以心伝心。

嫁と姑の問題相談がありました。よくある話です。

何かと態度・意見や考えなどの違いから互いに牽制し合って旨く意思疎

通が出来なくなってしまいます。

みんなそれぞれに違う環境で育ってきたのですから互いに全て上手くゆく

はずはありません。

「この嫁とは何となく上手く付き合えないな」「この姑とは難しいな」などと

互いに心にあると相手にすぐに伝わるものです。これが以心伝心です。

友人同士でも、「この人は嫌だな」、「この人は好きだな」、などと心にある

と、その気持ちはすぐに相手にわります。

人の心は相手にすぐ伝わることを心してください。そして、それを変えるの

は自分自身です。相手のせいにせずに自分が変われば相手も変わりま

す。

苦を滅す八正道。  千 玄室。

新聞のコラム「一服どうぞ」に裏千家前家元千 玄室さんの話が載ってい

ましたのでご紹介します。

原文のまま。

仏教の教えに八正道がある。それは正見・正思・正語・正業・正命・正精

進・正念・正定で、これは釈尊の四苦八苦と共に人間の生き方を示された

ものである。「苦}を滅する方法として、この八つの正しい道を説かれた。

四苦とは生・老・病・死で人間は生まれてから死ぬまであらゆる苦を背負っ

ている。だからこそ少しでもその苦を自分なりに理解してそこから抜け出す

ために、八つの道のどれかでも実行することが大切だと言われる。

正見は何事も正しく見る、すなわち素直な心でものを見る努力。

正思は自己本位でなく、不平不満、邪心という我を捨てること。

正語は自分に都合の良い言葉を用いて人を陥れたり、悪口を言うことの

無いように。

正業は出来るだけ正しい行動や行いをする。そして正命は正しく生きるた

めに自分自身を叱咤し本道を歩む。

正精進は努力をする。物事を投げやりにしない。正念はたえず自分の心

が曲がってないか顧みる心を持つこと。

正定は信念をしっかり持って、あっちこっちへふらふらしない。こうした教え

は生活する上において大切な教えである。

こういうことはお互いに分かりながらも、浅はかな考えや我が先に立って

なかなか実践できないことである。

それとともに「気づく」、要するに「気が付くこと」が大切だ。それには気配り

や、いうなれば心がどれほど人のために生かされるかが問題となる。

昨年秋、私はウクライナのキエフを訪れ、首相や多くの老若男女に一のお

茶を差し上げて、日本の文化と伝統を紹介する機会を得た。その時にチェ

ルノブイリの原発事故で不幸にも被害に遭った被害者の会代表の4,5人

が会場に来られ、茶会終了後に担当者から紹介を受けた。いずれもご婦

人で歳をとっておられたが、そこで被害状況を写真や資料で説明を受た。

そして、「福島の震災で私たちと同じように故郷に住めなくなった方々にお

見舞いと激励を申し上げたい。そして今いただいた一のお茶のすがすがし

い緑の色が、どれほど私たちに生きる力を与えてくださったか。有難いこと

でした」とおっしゃった。

手を握り締め再会を約した。苦を背負い、苦を乗り越えて行こうという勇気

と、人間としての生きる在り方を示していただいたことは、まったく正定の

教えではなかろうか。

若き頃、大徳寺館長の後藤瑞厳老師のもとで修業したが、ある時「平常心

是道」と訓された。きわめて分かりやすいと即座に「わが道あり」などと申し

た。もちろんそれに対して「その道は如何に」とやり返された。即座に「茶の

道」と申すと老師はうなずかれた。特殊な目で見られる家元の座は、まっ

たく辛いものであり、修道を怠ることはできない。私にとって八正道は心の

支えとなっているが、どんな方にもこの教えを知っていただき、少しでもそ

の一つを自分の目標にされたらと思うのである。  (せん げんしつ)

素晴らしい話でした。みなさん如何でしたか?

人生の味わい「苦労のうちに楽しみを」

苦労のうちに楽しみを・・・・・・「菜根譚」

今、時々見開いている本に載っていました。

静中の静は真静にあらず。動処に静にし得来りて、わずかにこれ性天の

真静なり。

楽処の楽は真楽にあらず。苦中に楽しみを得来たりて、わずかに心体の

真機を見る。

「意訳」

環境を静かにして、ようやく心の静けさを保つというようではまだまだ。活

発な活動の中でなお心の静けさを保ってこそ、道を体得した者と言えよう。

楽しい場所で心を楽しませるというのではまだまだ。苦労の中で楽しみを

見出してこそ、心の不思議な働きを生かした者と言えよう。

「解説」

人間は精一杯仕事をして、今日の自分には何も言うことがない、よくやっ

たと、自己評価したときに、心の平静を得ることができる。

この自己評価が人生では大切で、人里離れ、社会との関係を断っていて

は自己評価はできない。なぜなら、自己評価といえども、あくまで社会との

関連にあっての評価であるからだ。

そして、その一日にいい緊張感があった時に、充足感を味わう、それが人

生の味わいではないだろうか。

というように記されています。緊張の中の充足感・・・・・味わったことありま

すか?

禅における真理とは。

この瞬間を生きる・・・が禅の教え。

新聞に桝野俊明さんのコラムがありました。禅宗の僧侶で庭園デザイナ

ーです。こらみの中の一説を紹介します。

 禅では人間の計らいごとを超えたもの、季節のうるおいなど変えようがな

いものを真理といいます。企業や社会の中にいると、相手のためと思った

ことでも、人間の計らいごとを超えていない場合が殆ど。自然界の大きな

中で物事をとらえようとすれば、何をなすべきか、今やらなくてはいけない

ことが見えてきます。

「いつやるの?今でしょ」という予備校の先生の言葉が話題になっている

そうですが、今なすべきことに集中するというのは、禅の生き方そのもの。

「而今(にこん)」といいます。一瞬一瞬の積み重ねが、一生を作り上げて

ゆく。極端にいえば、一呼吸の間に生きて、呼吸が終われば過去。失敗し

たことは引きずりがちだが、終わったことは取り戻しようがない。いつまで

も悔いていないで、なぜ失敗したか原因を明らかにし、同じような場面に出

くわしたら間違いを起こさないようにすればいい。悔やんでも、結果が変わ

るわけではないですから。

物事には原因があり、縁が訪れて因縁が結ばれ結果が生じる。いい縁を

朝に結んでおき、蓄積されるといい仕事もまわってくる。チャンスはみな平

等にやってきます。寝坊して準備が出来ていなかったら、チャンスは通りす

ぎてしまい、因縁が結べないのです。   と書いてありました。


一人で訪ねてきました。

7月の5日に少年が一人電車1時間掛けてで水戸まできました。駅まで

迎えに出て昼食をとり、家でいろいろ話ししました。

メールでは、いろんな悩みを聞いてほしいとの事でしたが、気分転換が

来て晴れ晴れとしたせいか悩みは消えてしまったとのことです。明るく笑

いながら話す姿は通常の少年と何の変りもありませんでした。

慈冶医大で診察を受けた結果は、うつ病ではなく「考えすぎ」と言われた

そうで、小父さんの言うとおりだったと笑っていました。「小父さんと知り合

わなかったら自殺していたかも」と言われた時はビックリでした。

菜園や涸沼などをドライブしながら話している姿はやはり少年ですよ。

涸沼は初めてでかなり関心が湧いたようです。帰りは車で少年の家の最

寄りの駅まで送っていきました。お母さんから何回も電話が入りましたが

いかにも電車に乗って帰途についているような話をして、帰ってからが面

白い展開になるなどと大笑いしていました。もう大丈夫でしょう。将来の事

や親にはあまり心配掛けない、などの話もチョットしてあげました。

「また来てもいいですか」というので何時でも出ておいでと言って別れまし

た。もうチョットで心配なくなるでしょう。

翌日、お母さんから電話があり「たった1日でこんなに状況が変わるんで

すね」とビックリしていました。「まるっきり元に戻ったような感じです」とお

礼を言われました。

登校拒否。

現在、登校拒否の高1の男子の問題で相談を受けています。県立高校

へ入学したのですが殆ど登校していません。対応に苦慮しての母親から

の相談です。

本人は病院でカウンセリングを受けたところ鬱病と言われて薬をいただき

服用したところ酷い副作用に見舞われて服用を止めたそうです。正解で

す。

本人に会って話をしたところ鬱病の気配はありませんでした。鬱病ではな

いと伝えてあげました。私と一対一で話すときは笑顔があり何の問題もあ

りません。悩みの原因も話してくれました。悩みは、「自分は何の為に生き

ているのだろうか」でした。

悩みに対して中学校の先生も親も何度聞いても返答が出来ずにいたよう

で、人間不信になってしまったようです。悩みに対する回答をしてあげたと

ろ納得ししたようです。完全とは言えないまでも安心したようです。母親

にも対応の仕方を何度も説明したのですが、やっぱり心配で毎日のように

電話があります。しかし、かなり回復してきた様子で、話もするようになった

ようです。今度一人で私の所へ遊びに来るようです。

本人の悩みについては、なかなか返答する事が出来る人は少ないです。

そこで悩み過ぎて何も手につかなくなったようです。真面目な人間の思春

期ですね。もう少しの間見守ってあげれば完治するでしょう。

人の評価。

社会の用に資するために人の技を用いるとき、評価すべきはその能力な

のか、それともその人の徳なのか、例えば、政治家を評価するときに、そ

の政治家の政策の実績を見るべきなのか、清廉潔白であることを重視す

べきなのかということである。私は前者だと考える。家に表口と裏口がある

ように、人間にも表口と裏口がある。裏口の門構えだけでその家の門構え

を評価できないように、その人間の裏口ばかりに目がいって、肝心要の表

口での活躍を評価しないのは正しいと言えないばかりでなく、評価する人

自身の器量の狭さをも意味している。

将の器ーー「孔叢子(くぞうし)」 古今東西の珠玉のことば・・より。

良く国会予算委員会などで野党議員が個人のプライベートの問題を出し

て追及していますが、この言葉に置き換えると追及する議員の器量の狭さ

を垣間見るようですね。

幸・不幸は感性の問題です。

「四苦・八苦」という言葉があります。現在では日常用語にも使われていま

すが、もとは仏教の言葉です。

お釈迦様は「人生は苦なり」と言われました。その苦を「四苦」と「八苦」と

に分けたのです。

「四苦」は「生・老・病・死」。「八苦」は愛する者との別れ・憎い人との共存・

求めるものが得られない不満・自分の身と心が思うとおりにならない現

実。を言います。

「苦」とは不幸と言えるでしょう。「苦」に対する「楽」は「幸福」ということに

るでしょう。本来「幸」も「不幸」も共に感性の問題であって、事実の比較

で判断するものではありません。経済的に豊かであれば「幸福」かという

と、そうとは限りませんね。裕福な人でも問題や悩みは抱えています。

現に私の所へも裕福なお金持ちの人も悩みを相談に来ます。

感性の問題として「生・老・病・死」を捉えますと、もとから「苦」と定まってい

るわけではありません。

「生・老・病・死」は命の有様なのです。生まれて死なない「命」がないよう

に。「私達は「生」を喜び「死」を嫌いますが「生・老・病・死」のない「命」は

ありません。

お釈迦様が「生・老・病・死」を「苦」と説かれたのは、「生・老・病・死」を「不

幸」と感受することの愚かさを知らせてくれたのです。生まれてきたこと・老

い・病・死を不幸としか感じられない、愚かで誤った感性。それを明らかに

されたのです。

「因我にあり」

いろいろな相談がありますが、特に対人関係や嫁舅の問題などは困った

問題です。対人関係などは自分が変わらなければ相手も変わりません。

そのことを分かっていない方々が多いです。

自分の事だけを考えてしまうのでしょうね。全部相手が悪いと思ってしまう

のです。問題はどこにあるのか?を考えますと、問題は自分に合った事し

か起こりません。自分で殆どの事が解決できるのです。まさに原因は自分

にあるのです。「因我にあり」です。

一度そう思って考えてみてください。分かったら実行してください。問題は

解決しますよ。

 

足るを知れば辱められず・・老子

名と身と孰れか親しき。身と貨と孰れか多なる。得ると亡うと孰れか病になる。
ナ ト ミ ト イズレカ シタシキ。 ミ ト カ ト イズレカ  タナル。  エル ト ウシナウト イズレカ ヘイニナル。

甚だ愛すれば必ず大いに費やし、多く蔵すれば必ず厚く亡う。
ハナハダアイスレバ カナラズオオイニツイヤシ、オオク ゾウスレバ カナラズ アツクウシナウ。

足るを知れば辱められず、止まるを知れば殆からず。以て長久なる可

し。・・・・・老子。

タルヲシレバ ハズカシメラレズ、 トドマルヲ シレバアヤウカラズ。 モッテ チョウキュウナルベシ。

足るを知れば辱められない。止まるを知れば危険に陥ることもない。

足るを知り、止まることを知ることによって、人は長く久しく、健康に保つこ

とが出来るのである。    と言う事だそうです。

又、編集者は、名誉や財産は生命に比べれば価値のないものだと説く老

子の教えに立たなくとも、それらに執着することは賢明でないことは分か

る。というのは、名誉・財産はこの世において公平に与えられるものではな

い、元来不公平なものであるからだ。そんな不公平なものにいたずらに執

着するのは、心を労するだけで益少なしである。むしろ、持たなくてもいい

不平・不満を生じさせ、その不満顔が人間関係をも悪化させてしまう。

こういった不公平な名誉・財産に対しては、少ないと言って現状に不満を

持つのではなく、あったらいいな、ぐらいの軽い希望として捉えるのが、賢

明な姿勢と言えるのではないかと思う。  と言っています。

老子の教えってすごいですね。

 

人は誰しも「鬼」になる

2月10日の新聞のコラム「一服どうぞ」で裏千家元家元 千玄室さんの記

事がありました。表題は・人間だれしも「鬼」になる・です。

節分の由来が書いてありました。鬼は実際に居るわけではない。自分自

身があるときは鬼になっているのである。心の中で善と悪とが闘っている

毎日であることを省みれば、何かの機会に悪を払い、善に向かうと言う決

意を示さなければならない。

現代人はすべて何らかの悪鬼になっている。正しいと思っていても自分の

うぬぼれであり、かえって人に迷惑をかけていることもある。

全く私たちは何時も嘘いつわりの世界に常在しているのであり、自分をな

だめすかして生きているようなものである。一度豆を自分にまいて、自分

の中に棲む気弱さや悪を除けば如何なものだろうか。

あるとき悟りを開こうと努力していた一人の僧が巴陵(はりょう)という禅師

に「如何なるか是提婆宗」と問うた。このインドの提婆尊者は仏教外の信

者だったが、悟るところあって仏教に転向した人である。そして大徳(徳を

積んだ人)と呼ばれていた。

この問いに対し禅師は「銀椀裏に雪を盛る」と答えた。よく善の問答で「如

何なるか是仏法」などと言う。それと同じだが、かつての洞山禅師はそうし

た問いに「銀椀裏に雪を盛り 明日に鷺(ろ)を蔵(かく)す」と答えられた

が、その前句を巴陵は用いたのである。

真っ白な銀の椀に真っ白い雪を盛ればどちらが椀か雪か分からない。見

分けがつかない。それでは一つになっているかというと、そうではなく雪と

椀とはあくまでも別のもの。すなわち自分と他人とは一体ではない、不一

不二を示す。

人間は集ずれば差別し争いをする。しかし、雪も銀椀もない無の真実を知

ることによって「我」が存在するのであることを訓されたのである。

もし気に入った者同士が集まったとしても何かの機会に分裂する。信や情

や絆がといってもそれが消失してしまうのが、人間社会である。今年は豆

を周辺にまいて己をかえりみる機を作ることが大切な事である。

と言うように書かれていました。何か身につまされるような言葉ですね。

 

愛憎

仏教の「四苦八苦」の中の八苦の中に「怨憎会苦」(おんぞうえく)という言

葉があります。意味は、怨み憎む者に会う苦しみと言う事です。

自分を憎み、嫌いだという相手への思いは、必ず相手にも反映して、自分

のことを憎み嫌います。

相手がなぜ自分にとって嫌いなことをするのかということを考え、相手の立

場に立って想像力を働かせれば、その人が生まれつき愛されない環境に

育ったとか、あるいは、ずっといじめにあっていたとか、欲求不満の固まり

であるとか、そういう事がわかります。そうすれば、ただ憎むよりも哀れみ

を感じることが出来ます。

憎しみを哀れみに変えることが出来れば自分も救われます。

普段、誰でも心で思われることがあるでしょうが、相手を哀れみの心で接

すれば、いくらか楽になるのではないでしょうか。

 

 

苦しみの根本は

人間として生きている以上、自分の心の中の煩悩によって苦しまなければ

なりません。

煩悩=欲望が苦の原因なのです。煩悩を取り払えば苦から逃れる事は出

来るとわかっていても、人間は死ぬまでそれを取り払えることは出来ない

でしょう。

煩悩の中身についてお話します。

煩悩貪、瞋・癡(とん・じん・ち)の三つです。これを三毒と言います。

貪欲(どんよく)・・自分の好む対象に向かって貪り求める心です。

に限らず、地位・名誉・富・性愛すべてに貪が作用します。人間の欲望

は際限がありません。何事も小欲で「足るを知る」という心掛けが必要で

す。

瞋恚(しんい)・・瞋(じん)とは、自分の心に逆らうものに対して怒り怨

むことです。怒り怨みを持てばその対象に敵意を抱くことになります。

愚癡(ぐち)・・癡とは愚かさですが、仏教でいうおろかさとは、教養が

無いことではありません。差別する心、自己中心的な考えな人を癡愚(ち

ぐ)な人と見るのです。

簡単に説きますと、ねたむ・怒る・愚痴るこれが三毒です。誰もが何か一

つ毒を持っていませんか?

三毒を取り去ることは難しいことですが、何か一つでも取り去ることが出来

れば良いとしましょう。

人は練磨により仁となるーー道元

人は練磨により仁となる。  道元

玉は磨くことで初めて価値が出る。人も自らを磨き鍛錬して初めて真の人

となる。世の中に初めから光り輝いている玉があるだろうか。初めから優

れた働きをする人がいようか。とすれば、必ず磨き、鍛錬すべきである。

決して能力や素質が無いと自らを卑下して道を学ぶ努力を怠ってはいけ

ない。

人生においてもう一つ大切なのは、自分を磨いてくれる師匠を見つける、

自分にとっての伯楽を見つけると言う事も欠かせない。

もちろん、それは運命的な出会いや巡り合いによる場合も多いが、自らそ

ういった人を求め続けていればそういった伯楽と巡り合えるチャンスも増え

る。又、いまだに自分を完全に磨いてくれる伯楽が見つからなかったとして

も、自分を認め励ましてくれる友人も立派な伯楽であり、そんな伯楽な友

を持つことは人生を味わい深いものにしてくれる。

と言っています。あなたも自分の師匠や伯楽な友をもっていますか?

 

 

充実して生きる

貫き通してこそ・・・「唐書」

人は何らかの目標を立てる。その時、その願いが叶うかどうか、先くぐり

して考えない方が良いでしょう。

目標を実現することが肝心なのではない。目標に向かって一歩一歩進む

ことが大切なのである。

もともと人間の寿命は約束されていない。

人生とは生き続ける事である。生きることに張合いを感じること。それが人生の喜びである。

到達が問題なのではない。過程こそが人生のすべてなのである。

以上のように記されています。 あなたはどう思いますか?

目標に向かって日々努力することが人生のすべてであると言う事のようです。

命名

二人目の子供が10月に生まれるので名前を選んでほしいとの相談があ

りました。一人目も相談受け選んであげました。今度は男の子だそうで

す。

10月に生まれるお子さんが3人います。名前の相談を受けています。

先月相談に来られたお嫁さんのお父さんは一つの名前だけ書いてきまし

たが、これがズバリ良い名前で今迄に一つだけの名前でこんな良い名前

はありませんでした。若干の問題はありましたがそれは、将来自分で変え

る事ができる事なのでその旨書いてあげました。大きくなったら子供に持

たせるそうです。

命名はその子の一生を左右するかもしれない、などと言われますので慎

重に取掛っています。

彼を知り己を知ればーーーー「孫子」

「敵を知り己を知れば・・・・・」として知られる格言の原点。

敵を知ることは難しいが、己を知ることはもっと難しいことです。「言うは易

し、行うがは難し」ではないがもし己を十分知ることが出来るなら、それだ

け傑出した人物と言えるでしょう。

岩波茂雄が自分と他人を比べ、その力を計る時の心構えについて語って

いる。

「相手が自分よりチョット上だなと思った時はものすごく上だなと思え、相手

が自分と同じくらいだと思った時は相当上だと思え、相手が自分よりかなり

下だと思った時が丁度自分と同じくらいなのだ」

この言葉は、人間がとかく自分を過信し過大評価してしまいがちなのを戒

め、他人を評価するときのポイントを明かしている。

つまるところ、絶えず自分の過信を抑え調整する意志力がカギになってく

るのだろう。と、言っています。岩波茂雄・傑出した人物ですね。  自重・

自重・・・・。

宮本武蔵

われ、事において後悔せず宮本武蔵の言葉の一節です。

人間が成長するのは、すべてについて反省するからである。過去現在に

おける自分の言動を、顧みて静かに点検する。そして今後は過ちの少な

からんことを願う。

これからはもっと賢く世に生きようとする。つまり、反省は前向きだから意

味があるのです。

反省の度が過ぎて後悔となる、後悔の念があまりに深すぎると、だんだん

自己嫌悪におちいる。そしてだんだん落ち込むのです。後悔は未来への

バネにはならない。後悔は人間を奮い立たせてくれないのです。

明日に向かって反省はするが、昨日にこだわる後悔に沈み込まない。ここ

の兼ね合いに処する知恵が、人生に意欲を生むでしょう。

と、書かれています。如何ですか?

「ありのままの自分」

今、「仏教対人心理学読本」小池龍之介著。を読み始めました。

現実の中で「ありのままの自分」をさらけ出して生きる事は不可能である、

と説いています。

常に人は、本当の自分を抑えて建前を作って周りに自分を合わせて生き

ているのです。本当の自分をさらけ出せるのは恋人か家族以外にはない

ようです。

この建前(嘘の自分)のおかげでストレスがたまるような気がします。本当

の自分をさらけ出せる環境に中に居られたら、こんな気楽なことはないで

しょうね。

面白い本ですので読みこんでゆきたいと思います。   ではまた後で

己に克つ  西郷隆盛

何事にも成功するために心がける事、それは「己に克つ」ことである。

西郷隆盛の「己に克つ」について

道は天地自然の道理であり摂理であるから、学問の修得は敬天愛人を目

的とし、自己修行には己に克つということを絶えず心がけることだ。己に克

つための鍵は、論語にあるように「あて推量をしない、無理押しをしない。

固執しない。我を通さない」ことだ。

すべからく人は己に克つことによって成功し、己を愛することによって失敗

する。

成功するまではよく己を慎み、事に対しても慎重に行うから成功もし名も

顕れてくる。ところが、成功して有名になるに従って、いつの間にか自分を

愛する心が起こり、おそれ慎み自らをいましめるという気持ちが緩み、おご

りたかぶる気分が生じ、その成功した事業をたのみに自分には何でもでき

るという過信のもとにまずい仕事をするようになり、ついには失敗してしま

う。これらは皆、自ら招いた結果である。

だから、絶えず己に克ち、人の見ていないところでも聞いていないところで

も自分を慎み戒めなければならない。

と、書いています。私も、もう一度「己に克つ」ために反省しようと思います。

 

現代社会とうつ病

何故こんなにうつ病になってしまう人が多いのか?考えてことはありませ

んか。

うつ病は本当は病気ではないのです。通常私どもはは「贅沢病」と言って

います。

裕福な方が掛るのです。ギリギリの生活をしている人ははかからないので

す。

それは、悩んでいられない生活環境にあるからだと思います。今を働かな

くては生活ができないからです。

生活優先で悩んでなんかいられませんからね。

「うつ病」これは現代社会のひずみで起きる問題です。

親しい友人がいない。話し相手がいない。相談する人もいない。これは、

現代社会が利己主義社会だからです。他人はどうでもいい、自分が優先、

人の事なんかかまっていられない、などの風潮が蔓延っているせいです。

皆さん、親しい信頼できる友人を一人は作りましょう。そして友達をたくさん

作るようにしてください。

理想の人生

人々にとって理想の人生とは何でしょうか。

「道元」の言葉に 「舟のほかに我はなし」と言う言葉があります。

現代風に解釈しますと自分の人生を考えるときに、「生きている」という面

からだけ考えてはいけない。「生かされている」という面も忘れてはならな

い。それがないと傲慢不遜な人間で終わってしまう。

「生きている自分」と「生かされている自分」の二つの面から自分を捉え直

し、それでは自分はどう生きたいのか、一方で社会の為にどう役立ちたい

のかを考え、出来るだけその二つが融合できるように人生を歩んでいくの

が理想の人生と言えよう。手(チョキ)    と言う事です。皆で理想の人生を歩みた

いものですね。

聞く耳を持つ

聞く耳を持つことは大変重要なことです。

聞く耳を持たないと人生が暗転します。

年上の人の話や、周囲の人のアドバイスには素直に耳を傾けて聞くことが

大切です。

そして自分なりに取り入れてゆけばいいのです。

話は真剣に聞くことが大切です。聞いたら実行することです。これで人生

好転するのです。

ある方が乳がんになりました。知人がいろいろと経験話をしアドバイスした

そうですが、一切話を受け付けなかったそうです。数か月後亡くなったそう

です。その知人はたいそう残念がっていました。

少しでも聞いてくれたらそして行動してくれていたらと悔しがっていました。

どちらかと言えば高学歴の人が聞く耳を持たない方が多いようです。何で

でしょうかね?

皆さんも「聞く耳を」持ってください。幸せになるために。

 

青春

青春・・・・・・・・サムエル・ウルマン

青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。逞しき意

志、優れた創造力、もゆる情熱、怯儒を却ける勇猛心、安易を振り捨てる

冒険心、こういう様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失うときに初めて老いがくる。歳

月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

年は70であろうと、16であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く、驚異への愛慕心。空にきらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思

想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探究

心、人生への歓喜と興味。

 人は信念と共に若く  疑惑と共に老ゆる。

人は自信と共に若く  恐怖と共に老ゆる。

希望ある限り若く    失望と共に老い朽ちる。

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感を受

ける限り人の若さは失われない。

と書いています。老いて益々元気に生きたいものですね。

感謝の気持ちを忘れている

相談者の中には、自分が病気になったのは母親のせいにして恨んでいる

人がいます。

母親が切迫流産しそうになり、病院で子宮をクリップして持ちこたえて無事

生んでくれたのだそうです。

その処置が原因で病気になった、と自分よがりに思い込み母親を恨んで

いたというのです。

それだけ母親は苦労して我慢して無事に生んでくれたのです。ですから本

人はこの世に存在するのです。

もし流産していたら本人はこのよに存在しないわけです。それを思ったら

母親に感謝するだけで、恨むなんてとんでもないことです。 (-_-メ)

皆さんの中に親を恨んでいる人がいたら、それは大きな間違いです。両

親・ご先祖様がいたから自分はこの世に存在するのです。もしそういう人

がいたら即、改めてください。

すると、顔も柔和になり気持ちも落ち着いて、何事も上手くいくようになりま

すよ。(^_^)

この世に生きている事に精一杯感謝して生活してください。手(チョキ)

感謝の気持ちを忘れると何事も上手くいきません。

五十にして天命を知る(論語)

「五十にして天命を知る」・・・・・・論語

子曰く、吾十有五にして学に志す。

三十にして立つ。四十にして惑わず。

五十にして天命を知る。六十にして耳順う。

七十にして心の欲する所に従えど、矩を踰えず。

「意訳」

孔子は言った。私は十五歳ころから学問を志した。三十にして、その学問

についての見識を確立した。

四十歳の頃では理が明らかになり、物事に惑うことがなくなった。

五十歳になって、天から与えられた使命を自覚した。

六十歳の頃は、何を聞いても分かるようになったし、差しさわりがなくなっ

た。

七十歳になっては、心の欲するままに行うことが、いつでも道徳の規準に

合って、道理に違うことがなくなった。

「五十にして惑わず」聞いたことがある言葉ですね。この言葉を見聞すると

孔子の偉大さが伝わってきますね。我々もこう生きたいと思いませんか。

全てのものには存在する意義がある。

毎年のように悩んだり、苦しんだり、世をはかなんで自殺者が3万人以上

もいると言うニュースを見ます。この世の中に、せっかく生を受けて生まれ

てきたのに悲しいことであり罪なことです。

この世に存在するもので不必要・不要なものは何もありません。

人間をはじめとし、植物・動物・器具・道具など必要であるから存在するの

す。

器具や道具は壊れたり古くなって使われなくなってしまうまでは必要なも

のです。

自分は「この世の中で必要とされていない」などと思い詰めて自暴自棄に

なったり自殺したりすることは大きな間違いであり罪作りです。

人間はこの世に必要とされない場合は、母親にお願いして胎内に宿っても

無事に生まれてくることは出来ないのです。流産したりして生を受けられま

せん。

必要とされるから生まれてこられ現在も存在するのです。

その人、ものには個々にこの世に中での役割があるのです。特に人間は

個々の特徴があります。

自分に与えられた範囲の中で努力して生きてゆくことが大切なのです。今

現在置かれている環境の中で精一杯努力すれば必ず光が見えてきます。

いろいろとお悩みはあるでしょうが、何事も自分に合った問題しか起こりま

せん。そして自分で解決出来ない問題はないと言われています。

もう一度問題を振り返って再考してみてください。ほとんど自分の行動・言

動の結果であることに気が付くことでしょう。

私は死ぬ時のことを考えますと、年を取ってこの世で必要なくなった時(耐

用年数)が死ぬ時だと思っています。

極楽と地獄の岐かれ道。

極楽(しあわせ)と地獄(ふしあわせ)の岐かれ道。

   「幸福への道」              「不幸を自分で造る人」

人も自分も尊敬できる人。         心の暗い人、不愉快に暮らす

                          人。

常に反省し素直に改める人。       絶えず不満や愚痴の多い人。

何事も善意に解釈する人。         陰口が多く人の和を乱す人。

孝心深い人、恩に報いる人。        信仰心がなく自我の強い人。

親切で人の為によく尽くす人。       心が狭くすぐ腹を立てる人。

恥を知る人、偽りのない人。        利己的気侭自分本位の人。

生きがいを求め精進する人。        慾の強い人、自惚れの強い人。

夢と希望に笑顔で生きる人。        義理より権利を主張する人。

 

など、いろいろと書かれていますが、あなたはどちらの道を進みますか。

いろは

「いろは」とは物事の基礎、家の土台。あまり面白いところとは思えない。

何事につけ基礎訓練なんていうのは退屈です。地味で、しかし、奥が深い

のが厄介です。

でも、ここをすっぽかして、楽しいかっこいい応用編から入ろうとしても無理

です。

横着や焦りは禁物です。物事をきちんと修得するには、やっぱり「いろは」

が大切です。

急がば回れ。最初は足腰を鍛えて、かまえが出来る様になるまでは「いろ

は」を学ぶ。

その後やっと、醍醐味に近づける長い道が見えてきます。その道すがら、

いつでも忘れてならないものは「いろは」です。

修行の最後のやっとわかるのも「いろは」です。と言っています。

物事には順序と言うのがあります。順序を踏まないで何事かすると上手く

はゆきませんね。

やはり「いろは」でしょうか。

見ザル・言わザル・聞かザル。

久し振りの日光東照宮です。

左甚五郎の作と言われる彫り物を撮ってきました。

何を言わんとしているのやら・・・・・・。

日光三猿 眠り猫  歴史を物語る杉
 三猿                    眠り猫           苔むした杉 

見事な彫り物ですね。苔むした杉の根基、歴史を感じます。