観音経の教え-6

七難・三毒・五欲・二求・拝むについて

*七難とは、火難・水難・羅刹難・刀杖難・鬼難・枷鎖難・怨賊難。

 これらの苦難をどう受け止めるのか,いったい苦難の正体とは何なのか?

 内なる苦難と外なる苦難と分ける人も良くいますが、苦難とは如意であると思う。

 不幸即幸福、幸福即不幸。どう受け止めるかによって鬼にもなれば蛇にもなる。もちろん観音にも  

 なります。要は観音の心を持ち合わせていれば、すべてが解決できるということです。

*三毒とは、貪・瞋・痴。

*五欲とは、財欲・色欲・食欲・名誉欲・睡眠欲。

 三毒・五欲をコントロールする。

 我々には、いろいろな欲がある。欲があるから向上する。だから欲自体は悪いことではない。欲に  

 とらわれるから害が生ずるのです。

 ポルノ時代・フリーセックスの時代、どっちを向いても淫欲だらけ。女性週刊誌・婦人雑誌・はて 

 は少女雑誌まで露骨なセックス記事が満載されており、身体だけは一人前の少女たちを刺激する。

 性欲はあってしかるべき、生命を生み出す所作であって、誰にでもあるものです。だからどうコン 

 トロールするかの問題です。

   今の日本を振り返ってみると、宗教的なものは何もない。ただ欲望をあおり立て、それが商業主義

 と結びついて汚していくのである。

 文化だ、芸術だ、ヘチマだと言っても、淫欲がないことには何一つ発展しない。生々発展して

 行くためには、絶対必要な事なのである。

 ここで注意しなくてはいけないのは、欲を絶つ、ことではなく、「離るる」となっていることであ

 る。瞋も離るる、痴も離るる、愚痴も離るる、決して絶つとは表現しない。

 つまり善用すれば素晴らしいものになるぞというのが離るるということで、これが大乗仏教の妙味

 であります。

 煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)

 我々には淫欲があるから、人類が生々発展する。まさに宇宙を感じるのです。

 善用するにはどうしたら良いか。

 「饒益する所多し」(にょうやくするところおおし)の饒益とは、律するということ。民衆が常に

 観世音菩薩に念じていれば、身を律することができ、五欲をコントロールして善用することが出来 

 ますよ、と言っているのです。