観音経の教え-2

*観音様と同居する。
多くの在家の人達は、自分の中の観音様に気付いていない。なぜ気が付かないのか、というと宇宙心理の存在を、自我というコロモで七重八重に包み込み、全く見えなくしまっているからである。その分厚い衣をかなぐり捨てて、宇宙と一体感に目覚めるために宗教者は、宗教的修行をする。
では一般的な在家の人々が、どうやって心理に目覚めることができるかといえば、とにかく一生懸命生きることである。それぞれの人生の道を極めたとき、悟りと似た人生の核を手に入れるのである。
つまり、自分に合った一番大切な一筋の道を行じて行く、この精神を保持していくところに本来の命に目覚めることができるのである。と瑞法師は言っています。

*観音様と対面する
「南無観世音菩薩」観音像を拝むと、これは忘れかけていたもう一人の自分、かけがえのない自分と対面する事なのです。
本物の世界と現在の娑婆世界、本物の自分と自我にとじこもる自分、この二つの間の交信を取り持つ電話交換手のようなもの、それが観音様です。
坐禅の坐の字という字は、人が二人土の上に居る。一人の人間が、現在あくせくと生きている人間ならば、もう一人の人間は、あくせく生きながらも、ああもしたい、ああもなりたい、こうもしたいと理想として追求する人間であります。
この二人の人間が土の上に立っている。これが我々人間の姿なのです。
観音様をお詣りするということは、現実に生きていると言う自分が、もう一人の理想としている自分を拝むことです。
観音巡礼というのは、本物の自分を再発見するための旅。自己確認の旅であると言えます。